(インタビュー領空侵犯)中国けん制へロシア接近を 領土問題は乗り越え可能 仏歴史人口学者 エマニュエル・トッド氏
- 2010/12/27付
- 日本経済新聞 朝刊
- 1313文字
――強大化する中国をけん制するため、日本はロシアと関係を強化すべきだと提唱されていますね。
――日ロ両国には北方領土問題があります。
「欧州にも島の領有をめぐる紛争がいくつもありましたが、今は大きな問題にはなっていません。一般論ですが、島の領有争いなど大した問題とは思えない。大事なのは関係を良くしたいという意思です。両国が戦略的な関係を構築しようと思えば、領土問題についても必ず解決の道筋が見つかるはずです」
――ロシアのメドベージェフ大統領は北方領土の国後島を訪問、日本を挑発するような行動を取っています。
「ロシアが本気で日本との関係強化を望んでいないとすれば、これほど愚かなことはない。ロシア、特にシベリアは人口が急激に減っており、日本と良好な関係を築くことがロシアの国益だからです」 「ロシアは日露戦争の敗北を脳裏に刻み、日本は第2次世界大戦の最後にソ連が参戦したことを許していない。過去の歴史ゆえに両国は合理的な判断ができなくなっている。残念なことです。でも中国が台頭する中、両国には協調する必然性があるのです」
――中ロや北朝鮮の最近の動きは日米同盟の重要性を改めて浮き彫りにしました。
「現時点では日本にとって米国との同盟が重要です。でも将来はどうなのか。米国は今後、経済的にも軍事的にも衰えていきます。その一方で米国は経済を中心に中国との相互依存を深める。日米同盟は不安定になる可能性があります。日本にはもう1つの選択肢がある。核武装です。広島、長崎の悲劇を経験した日本の国民感情は理解していますが、核武装は他国の攻撃から国土を守るための手段で、平和のための道具なのです」
――東アジア共同体構想は独仏を和解させた欧州連合(EU)のようになりますか。
「アジアと欧州の状況はあまりに違います。ただ日本はロシアとの協調に加え、韓国、フィリピン、インドネシア、タイのような海洋国家群と連携を深めるべきです。それが中国の圧力に対抗する有効な方策になると思います」
<聞き手から>
ロシアとの協調と核武装はいかにもフランス人らしい発想だ。仏は隣の大国ドイツに対抗するためロシアと同盟を結んだ歴史を持つ。核抑止思想も独に何度も侵略された苦い体験から生まれた。仏独は今や最も親しいパートナーだが、日中は違う。日本は隣の大国とどう向き合うのか。将来を見据えた戦略が必要だ。
(編集委員 藤巻秀樹)
1951年生まれ。フランスの歴史人口学者。パリ政治学院卒、英ケンブリッジ大で博士号。76年の著書『最後の転落』でソ連崩壊を予言、『帝国以後』で米国は衰退期に入ったと分析した。近著は『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』。
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