西園寺公望(さいおんじ きんもち)。公家出身ではじめて総理大臣に。Saionji Kinmochi。11月24日没
西園寺公望の写真 パリ留学時代
・1849年10月23日。京都市 ~
1940年11月24日没。90歳
西園寺公望(さいおんじ きんもち)は、幼少の頃には、明治天皇の遊び相手になっていました。
フランスに10年ほど留学しました。夜通し勉強しつづけました。
フランス首相となるクレマンソーともつきあいました。
人権思想に影響されました。
軍部や国家主義者をきらいました。
伊藤博文の腹心となり、伊藤内閣では文部大臣をつとめました。
公家(くげ)出身で、はじめて総理大臣になりました。
権力欲を見せず、誠実な人柄を評価されました。
天皇に後継総理を推薦し続けました。
立命館を創設しました。
大正時代1 西園寺公望内閣 2個師団増設問題 【+4】
【名言】
「どうも怪しいぞ、どうも日本の陸軍あたりが元凶じゃあるまいか」
0 件のコメント:
コメントを投稿