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川越の中院案内

中院案内    (『川越の文化財』より) 境内の花や木々が季節の風物詩に   NPO 法人武蔵観研   会長   桑   原   政   則 ◇                            ◇ [リード] 中院は 1100 年以上の歴史を誇る天台宗別格本山である。 境内は整然静寂で、季節の花や木々が人々の心を洗う。 本稿では、観光面にもスポットをあて、 季節の花と植物の名所でもある中院をめぐりをおこなう。 ◇                     ◆                     ◇ 石柱と風格ある山門    中院の玄関は、ひときわ大きな風格ある山門である。 山門前には 2 つの石柱が立ち「天台宗星野山中院」「日蓮聖人伝法灌頂之寺」の銘がある。 また山門には 「元関東八箇檀林」「天台宗別格本山」 の門札が懸かっている。    中院は、喜多院共々、天台宗星野山に属する。 また 寺伝 によると、 日蓮 は 中院にて尊海より伝法灌頂(でんぼうかんじょう、指導者免状)を受け た 。   「関東八箇檀林」 とは、関東の 僧侶養成8寺院のことである。 中院、大光普照寺(児玉郡)、龍蔵寺(前橋市)、月山(がっさん)寺(桜川市)、薬王院(水戸市)、不動院(茨城県稲敷郡)、逢善寺(ほうぜん)寺(茨城県稲敷郡)、長福寿寺(千葉県長生郡)の 8 寺である。   「天台宗別格本山」 とは、天台宗の本山に準じた特別な格式をもつ寺院のことで、中院はかつては関東天台 580 ...

島崎藤村。詩人、小説家。詩集『若菜集』、長編小説『破戒』。8月22日没 <川越の先人

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島崎藤村。詩人、小説家。『若菜集』、『破戒』。8月22日没   <川越の先人 島崎藤村 ・ 1872年3月25日。長野県~   1943年8月22日没。71歳 島崎藤村(とうそん) は、 詩人、小説家です。 岐阜中津川市の本陣(大名が泊まった宿舎)を兼ねる旧家に生まれました。 1 897(明治30)年、 詩集 『若菜集』で近代詩の扉 を開きました。 1906年に 長編小説『破戒』 により自然主義の文学の第一歩を記しました。 『夜明け前』、 『千曲ちくま川のスケッチ 』も有名です。 ◇◇◇◇◇◇ 島崎藤村は、川越にも関係があります。 島崎藤村の 妻・静子は川越出身でした。 藤村は、静子の母・加藤みきから、茶道を習っていました。 『夜明け前』の 主人公「青山半蔵」の生まれは川越です。 藤村は、 今はなき割烹旅館・佐久間で、 原稿を執筆したりしました。 川越の中院案内    ( 仁平(にひら)雄俊住職、 仁平広海 副住職より聞き書き )      島崎藤村ゆかりの茶室について    不染亭(ふせんてい)は島崎藤村が義母に贈った茶室で、 川越の文化財となっています。 青空文庫で無料で読むことができます。 『若菜集』 『破戒』 『夜明け前』 若菜集  【2+】 椰子の実  【3+】   歌詞        親友の 柳田國男が、島崎藤村に椰子の実の漂泊の旅を話し伝えました。 島崎藤村「椰子の実」   【+10】歌詞の説明も 朗読  破戒  【18+】 島崎藤村の記念館  【名言】 「古いものを壊そうとするのは無駄な骨折りだ。 自分が新しくなることが出来れば、古いものは壊れている」

酒井重忠。家康に直接仕えた川越藩の初代藩主。8月22日没。Sakai Shigetada <川越の先人

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酒井重忠。家康に直接仕えた川越藩の初代藩主。8月22日没。Sakai Shigetada  <川越の先人   ブラーブ(blurb、寸言)    #0013    40度以上は「酷暑日」に   【1分】'Kokushobi': A new word for hot day  気象庁、40度以上は「酷暑日」という名称に決定 川越藩初代藩主・酒井重忠  / * ・1549年 ~1617年8月22日没。68歳 酒井重忠は、川越藩の初代藩主 です。 三河に生まれ、幼少時から徳川家康に仕え、 合戦に参加しました。 1582年、本能寺の変で織田信長が死去した時、 家康一行を 伊勢で船で出迎え、安全を確保 しました。 1590年に徳川家康が関東に移封 されると、 江戸近くの要衝  川越に所領を与えられました。 酒井重忠は、家康に厚く信頼される重臣でした。 酒井重忠の父も、 徳川家康が人質として 今川義元の静岡・駿府に送られた際にも行動を共に しています。 ※【 川越藩の誕生 】 川越藩の誕生 は、酒井重忠が藩主になった1590年 です。 酒井重忠は1590年から1601年まで川越の領主でした。 1600年の関ヶ原の戦いにも参加し、 戦功により、 川越藩の分領・厩橋(うまやばし)に 3万3000石の所領を与えられ、 厩橋藩初代藩主 となりました。 ※【 厩橋(うまやばし)とは 】 群馬県の厩橋(うまやばし)は、 のちに 「前橋」と記されるようになりました。 【2分】酒井重忠  川越藩 初代藩主は、酒井重忠 です。 川越藩2代藩主は、弟・酒井忠利です。 川越藩3代藩主は、酒井忠勝 です。 2代藩主酒井忠利の子 です。 3人の藩主が45年間 、川越藩の藩政の基礎づくりをおこないました。 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 【川越藩の初代藩主は、酒井重忠。なぜ印象が薄い? 】 川越の殿様は、地元民には印象が薄いです。 それは、 川越藩主は、江戸定府(じょうふ。江戸常住)が多く 、 藩政に力を入れる余裕がなかったからです。  また転封も頻繁で、 川越藩には8家...