
川越の仙波東照宮 (せんばとうしょうぐう)
仙波東照宮が、日光東照宮、久能山東照宮とともに三大東照宮とよばれているのは、家康の遺骸のコースが、久能山→川越→日光だったからです。
川越では天海が4日間法要を営みました。
天海は家康の17回忌の導師もつとめました。96歳でした。
- 東照宮(とうしょうぐう)は、もともとは東照社とよばれていました。
- 1645年天皇が東照社を東照宮に格上げしました。
理由は次です。
「1617年に東照社が日光に鎮座されて以来、国内、皇室、幕府も平穏安泰である。
これはひとえに東照社の神徳のおかげである。
それゆえ、東照社を東照宮と改め称したてまつる。」 - この年より、毎年朝廷より東照宮と伊勢神宮にお使い (奉幣使、ほうへいし)が派遣されるようになりました。
- 「宮」は、伊勢神宮のように皇室の祖先神をまつる神社にもちいられます。
それ以外で宮号を称するのは、菅原道真の天満宮と東照宮だけです。 - 家康はこれで天皇と対等になりました。
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