西田幾多郎の「純粋経験」とは?

 西田幾多郎の「純粋経験」とは?


【2】西田幾多郎の「純粋経験」 宇宙一やさしい「哲学のえほん」

「純粋経験」は、 主観と客観に分かれる前の状態。集中没頭状態  「見るもの(主体)」と「見られるもの(客体)」に分かれる前の状態

  • 赤ちゃんが、ひたすら ミルクを飲んでいるときの状態
  •  ゲームに夢中になっているとき、ゲームをしていることも忘れて、その世界に入り込んでいる経験
  • 美しい夕焼けを見たとき、言葉や思考はなくて、まず、単純に「美しい!」と感じる状態




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