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ナンはインドパン、チャパティはインドせんべい

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インド料理の主食は、米、ナン、チャパティです。   インドのご飯は、細長くパサパサしており、カレー料理にはぴったりです。 日本米のような粘り気の多い米はインドでは好まれません。 ナンはインドパン (※1) ナンは平べったいパンで、あまりイースト菌をきかせていないため腰があります。 ナンをスプーンのようにして、スープをすくって食べたりします。 インドパンです。 チャパティはインドせんべい  (※2) チャパティは、小麦粉を練ってごく薄くのばし、せんべいのようにぱりぱりに焼いたものです。 インドせんべいです。 (※1) http://www.bishop3.com/kitchen/nahn/nahn.html (※2) http://oraao.blog34.fc2.com/blog-entry-488.html

松平信綱の在職年数は59年間、家光に47年間

松平信綱(のぶつな、1596- 1662、数え67歳)は、徳川家に59年にわたり奉仕しました。 3代家光、4代家綱です。 特に家光には、家光の誕生以来47年間仕えました。 徳川幕府の老中をつとめ、幕藩体制を固めました。 才知に富み、伊豆守という官職にかけて「知恵伊豆」(= 知恵出づ)と言われました。 ◇                    ◆                    ◇ 松平信綱は川越藩主でもありました。 川越藩第一の名君でした。 23年余にわたり藩主をつとめました。 1638年の川越大火後に、城域を倍増し、今に残る十ヶ町四門前(じっかちょうしもんぜん)という町割りをしました。 川越の城下町の整備、野火止用水の開削(かいさく)、新河岸(しんがし)川舟運(しゅううん)の開設、武蔵野新田の開発などに手腕を発揮しました。 舟運は川越に川越商人に莫大な利益をもたらしました。 また江戸の技術文化もたくさんもたらしました。 川越まつりを始めたのも松平信綱です。 ◇                    ◆                    ◇ 25年間、理化学研究所の理事長を務めた大河内正敏は、松平信綱と同じく大河内松平家の系統です。 明治になり、子孫は「松平」を返上しました。 平林寺のページ、松平信綱

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