2012/08/05

マレーシア57年体制 民族問題が浮上(NK2012/8/5)


日曜に考える4

地球回覧マレーシア57年体制の行方
民族問題浮上で正念場

 常夏の国マレーシアには「MM2H」と呼ぶ評判の移住制度がある。マレーシア・マイ・セカンドホーム。富裕な外国人の投資を呼び込むため10年間のビザを発給する。
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 静岡県出身の清水裕之さん(63)は百貨店を定年退職し1年前に夫婦でクアラルンプールに移住。家賃2600リンギ(約6万5千円)の4LDKマンションに暮らす。投資といっても必要なのは2人で15万リンギ(約375万円)の銀行預金のみ。治安は良好で物価も安く生活に不便はない。
 もともとマレー系(66%)、華人系(25%)、インド系(7%)で構成する多民族・多宗教国家だ。「ここでは様々な民族が仲良く生活しており外国人でも疎外感を感じない」と清水さん。MM2Hの登録者数1位は日本人で中国人、イラン人、英国人が続き、世界中から人を引き付ける。
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 多民族共存の優等生とされたマレーシア。しかし、引退後もナジブ首相(59)の後見人として影響力があるマハティール元首相(86)は最近、不吉な予言を繰り返す。「残念だが次の選挙は民族問題が最大の争点になるだろう
 マレーシアでは1957年の独立後13回目の連邦下院(任期5年)総選挙が来春までに控える。与党連合は12連勝で「世界最長の民主主義政権」を維持してきた。だが今回は野党連合が追い上げる。次代を担う与野党の新人議員を訪ねると、対立の構図が浮き彫りになる。
 クアラルンプール市内の高級住宅街。待ち合わせ場所の支持者邸宅にイザ・アンワル氏(31)はさっそうと現れた。モデル並みの美貌で2児の母。父親の野党指導者、アンワル元副首相が投獄中(同性愛容疑=のち無罪)に党を支えたヒロイン的存在だ。
 「長期政権はおのずと腐敗し堕落する」「経済発展も韓国やシンガポールに引き離された」。米国留学で培った流ちょうな英語で与党批判を展開し、こう主張した。
 「私たちが政権を獲得すれば民族差別を乗り越え、閉塞感を打破できる」。野党は同国独特のマレー系優遇策ブミプトラ(土地の子)政策の抜本見直しを掲げているのだ。
 就学や就職、企業への出資など広く便宜を図ってきたブミ政策の修正は、逆差別と感じる華人系に直接アピールする。さらに、自身はマレー系のイザ氏が「(努力しなくても報われる)悪平等がマレー系の優秀な人材の国外流出を招いている」と言うように、ここに来て厚みをました中間層のマレー系の間でも不満の声が強まっているからだ。
 7月上旬の北部ケダ州。農村地帯の小さなイスラム集会所でムクリス・マハティール氏(47)は有権者の陳情を聞いていた。「承知しました。新しく建て替えましょう」
 当選1回で通産副大臣に抜てきされたが、こわもての元首相とは対照的に謙虚な物腰。「自分も次の選挙は安泰ではないので」とどぶ板選挙に苦笑する。とはいえムクリス氏は、父親が推進したブミ政策ははっきり擁護する。「貧しいマレー系を底上げし、経済を握る豊かな華人との民族対立を未然に防いだ。国の安定と発展に不可欠だった」
 独立系ムルデカセンターの世論調査(6月時点)によると政権支持率は42%に停滞。特にマレー系の支持が58%に対し、華人系はわずか13%。選挙は接戦の様相だ。
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 日本の成功に倣うとしてマレーシアが導入した「ルックイースト政策」から今年は30周年現体制はかつての自民党長期政権下の55年体制と似通う。政官業一体で高成長を実現。公共事業の利益誘導を通じて地方の支持は厚い。半面、頻発する汚職と腐敗は、民族を問わず都市部の中産階級の離反を招いている
 「野党に政権担当能力はなく混乱をもたらすだけだ」(ナジブ首相)。政権交代は是か非か。マレーシアの「57年体制」も正念場を迎えた。
(クアラルンプール=佐藤大和)