ジョン・アイケンベリー プリンストン大学教授
米の主導性、失われず 問題解決へ多国間協力を
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<ポイント>
○米主導の戦後秩序は衰退せず新秩序に転換
○民主主義の問題はそのまま国際政治の問題
○各国の協力により民主世界は安全で豊かに
○米主導の戦後秩序は衰退せず新秩序に転換
○民主主義の問題はそのまま国際政治の問題
○各国の協力により民主世界は安全で豊かに
世界秩序は米国一極支配から、新しい時代への「大いなる転換」を遂げつつある。では、新しい世界秩序はどのような形になるのだろうか。
中国の台頭と米国の衰退でリーダーシップの交代が起きるという見方や、数世紀に及んだ欧米主導の世界秩序からアジアの力と価値観に基づく秩序への転換が起きるとの見方もある。また、勢力伸長の著しい非欧米諸国(インド、ブラジル、南アフリカ、トルコ、インドネシアなど)が指導的地位と権威を争う多極体制への転換が起きるとの見方のほか、新しい世界秩序は形成されず無秩序と混沌に陥るという悲観的な見方もある。
そこに共通するのは、米国は長い衰退期に入り、同国が構築し過去半世紀にわたり率いてきた自由主義志向の世界秩序は過去のものになったとの認識だ。だがこうした見方は本質を見誤っている。現在進行中の大いなる転換は、米国が主導してきた戦後秩序の衰退でなく、むしろ成功を意味する。米国が擁護してきた自由主義思想は、放棄されるのではなく、逆に支持を広げている。今なお世界各地で米国のリーダーシップは、安全保障の実現と開かれた世界経済の安定に必須とみなされている。
米国主導の旧秩序からの転換は2つの原動力にけん引されている。一つは中国、インド、ブラジルなど新興国の台頭だ。ここ10年で高度成長を通じて世界の舞台に華々しく登場し、貿易と投資の両面で世界経済の主役にのし上がった。もう一つは相互依存型の問題の深刻化だ。すなわち地球温暖化、核拡散、国境を超えるテロ、爆発的感染、財政不均衡、景気後退といった差し迫った危険である。経済と安全保障の面で世界は緊密に結ばれ、一国の繁栄と安全はすべての国の政策と協力に大きく依存するようになった。
変化を促すこれらの原動力は、米国主導による自由主義的国際秩序の成功から生まれたのであり、失敗から生じたのではない。第2次世界大戦後、世界の秩序を構築する機会を得た米国は、自由主義に基づく国際秩序を提唱し、緩やかなルールに従う開かれた秩序の実現を目指した。自由貿易体制の確立を求めて世界貿易機関の設立にこぎつけ、ブレトンウッズ体制の確立を訴えて通貨・金融問題に関する国際協力を実現した。人権と法の支配に関する万国共通の規範の制定も主張した。
米国は広範な同盟関係も築き上げた。当初は冷戦中の旧ソ連に対抗するのが目的だったが、冷戦後も同盟は拡大・深化し、今日ではアジア、欧州、中東の地域安全保障を網羅する枠組みとなっている。米国主導による多国間組織や安全保障協力の枠組みの中で、あらゆる地域の国々が貿易志向の成長を遂げ、民主化を果たした。その過程で冷戦時代の米日欧による「3極秩序」は、グローバルに広がる自由主義的秩序に変貌した。
今日大いなる転換が進行しているのは、米国主導の旧秩序が所期の目的を果たしたからにほかならない。その目的とは、多国間統治の枠組みの中での貿易、成長、相互依存の促進である。戦後秩序の設計者は、軍事・経済ブロック、帝国主義、重商主義、勢力争いで特徴づけられる1930年代への逆戻りを食い止めようとした。そして自由主義的な世界秩序を確立し、多国間のルールと組織や民主国家の連帯により、その秩序を強化すべく努力した。
今日の国際政治の「問題」、すなわち非欧米諸国の台頭にどう対応するか、増え続ける相互依存型の問題への取り組みでどう協力するかという問題は、この自由主義的世界秩序が過去半世紀うまく機能したからこそ生じたといえる。この意味で米国は衰退していないし、自由主義的世界秩序も輝きを失っていないが、米国が特別な国、支配的な国でなくなったことは事実だ。
とはいえ現在の転換は、「アジアの台頭」や「多極体制への回帰」とみるべきではなく、自由民主主義と資本主義の世界的な拡大とみなすべきだ。世界が民主的になっていることは間違いない。過去2世紀でパワーのある国、富裕な国、人口の多い国の大半が民主国家になった。絶対数でも世界の約半分に達した結果、民主国家の姿は大幅に多様化した(表参照)。民主主義世界は、もはやアングロサクソン型あるいは欧米型が主流とはいえない。今や世界のすべての地域に、また文明の枠を超えて民主国家が存在する。
古い国と新しい国、欧米と欧米以外が顔をそろえ、発展段階も人種も様々だ。民主主義を掲げる多様な国々は、自国についても、世界における位置づけについても、多様な意見を持つ。拡大した民主世界は国際政治の重心として機能する一方で、民主主義の問題がそのまま国際政治の問題となるケースが増えている。
新興国の躍進を受け、米国など古い先進国は、主導的立場を彼らと分かち合う必要に迫られるだろう。いうなればグローバルガバナンス(統治)の「上席」に新人を迎え入れる余地をつくらなければならない。だが、今後数十年間に取り組むべき世界秩序の課題は過去数世紀と異なり、戦争や大国間の勢力争い、覇権の野望といったものではない。
今日の重要な問題は民主主義や複雑な相互依存にある。例えば米国、ブラジル、インド、日本、欧州の関係では、どの国が支配するのかといったことは問題にもならない。課題は、持続可能な成長の実現、エネルギー・環境問題の解決、人口問題への対応、社会のセーフティーネット(安全網)の確保のために協力できるかどうか、ということだ。
古くからの民主国家は不平等の深刻化、経済停滞、財政危機、政治の行き詰まりなどの問題に直面した。新たに民主国家となった国々は汚職、民主化の後退、不平等の深刻化などの問題を抱える。多くの民主国家で経済成長が鈍化するにつれ、愛国主義的で大衆迎合的な動きが復活して勢いを増してきた。同時に複雑な相互依存型の問題も持ち上がり、貿易、環境、国連改革、核拡散防止の分野では、グローバルな問題解決を目指す試みが厚い壁にぶつかり、手詰まり状態に陥っている。
世界の民主国家には、各国が思う以上に共通性がある。どの国も地域、文明、南北・東西の違いを超えた問題に直面しており、各国が協力してこそ民主世界は安全で豊かな場所になる。クリーンエネルギー開発、保健・医療、労使問題、失業問題などで互いから学ぶこともできる。拡大した民主世界には、米国のリーダーシップを排除するのではなく、より包括的な共有型リーダーシップの構築に向けて米国と協力する誘因がある。
多国間協力の促進と21世紀型の統治体制の構築を目指すうえで、米国は今後数十年にわたり、唯一無二の存在であり続けるだろう。世界の多様性を体現する「小宇宙」を形成しているのは米国だけだ。移民国家の米国では、世界各地から来た大勢の人々が暮らす。彼らのネットワークが米国を世界に、世界を米国に結びつけており、この点で他の民主国家の追随を許さない。
米国は今なお、革新と再生を強みとする経済としては世界最大の規模を誇り、教育、科学、技術、軍事力、法治の面で優位に立つ。今後、米国が世界秩序における役割と位置づけを再定義しなければならないことは確かだ。だがそれは、衰退あるいは敗北したからではない。最も大胆な予想すら超えて続いてきた自由主義的世界秩序の「創造の現場に立ち会った」からである。
=この項おわり
John Ikenberry 54年生まれ。シカゴ大博士。専門は米国政治外交史