平壌宣言10年、北朝鮮とどう向き合う
国民感情の呪縛解く時 日本総合研究所国際戦略研究所理事長 田中均氏
日本と北朝鮮の懸案解決と国交正常化への道筋を示した2002年9月17日の日朝平壌宣言から10年。29日には4年ぶりの政府間協議を開く。指導者が代わった北朝鮮とどう向き合うべきか。当時、外務省幹部として交渉にあたった田中均氏と、韓国国立外交院の尹徳敏教授に聞いた。
――北朝鮮は宣言の後も軍事挑発を続け、拉致問題も進展がありません。情勢はむしろ悪化したようにも見えますが、この間の動きをどう評価しますか。
田中均氏
「10年前に小泉純一郎首相と考えたことは、日本が朝鮮半島で平和を創ることに貢献したいということだった。小泉訪朝と平壌宣言の後、日本、米国、中国、ロシアと韓国、北朝鮮の6カ国協議が始まり、核の問題と拉致の問題を同時並行的にやっていくプロセスができた。国際的な枠組みをつくるということでは成果を上げたと思う」
「日本の戦後の課題として国交の正常化もあり、北朝鮮はそれまで拒否していた財産・請求権の相互放棄で合意した。平壌宣言を北朝鮮が放棄しているわけでもない。いつか正常化の歩みが始まる時の基礎の文書になると思う。拉致の問題が進んでいないのは残念だが、あの時に北朝鮮に認めさせなければ何も始まらなかった」
――その後、交渉が停滞した原因は何でしょうか。
「2005年9月の6カ国協議共同声明で核問題に包括的にアプローチすることになったが、問題はそこからだった。関係国の国内政治も変わり停滞していった。北朝鮮に問題があったのはその通りだが、各国の利益が異なり、1つの道筋を断固として貫徹することが難しかった」
――日本では北朝鮮への反発が強まりました。
「あの時、一種のポピュリズムに道を開いてしまったのではないかという懸念がある。私たちはそれなりに合理的な政策を追求し、北朝鮮もそれに乗ったと思う。ただ拉致被害者5人生存、8人死亡というニュースが国民感情を強く刺激し、その後の政府の行動を縛ってしまった」
「国民感情はきちんと踏まえなければならないが、北朝鮮はけしからんという国民感情の故に身動きできないということでは解がない。戦争でもしないかぎり、粘り強く交渉をして結果を出すしかないのに、足がすくんだ。これは見直さなければいけない。北方領土問題でも対中関係でも同じことだ」
トップ巻き込む枠組みで
――金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が引き継いだ体制をどう評価しますか。
「内部の体制は不安定で、いまは権力の周りを固め、体制内反乱が起こらない仕組みを作っているのだと思う。すべてのことが、そういう動機で説明される。夫人を表に出すなどソフトなイメージを出しているのも、それが権力の掌握にプラスになるというシナリオがあるからだろう」
「経済改革を進めることも、それによって求心力をつくれると判断をしているのだと思う。その意味では、ひとつのチャンスであることは間違いない。しかし、内部の改革がうまくいかなければ、また外に強い姿勢に出て、核実験やミサイル発射に踏み切る可能性すらあると思う」
――今年は米国、韓国で大統領選もあり、対北朝鮮政策で対話か圧力かという議論が再び起きそうです。
「そういう議論はあまり意味がないと思う。北朝鮮との関係は大きなパッケージでやるしかない。最悪の事態に備えた危機管理計画は持ちつつ、トップを巻き込んで一定の枠組みをつくり、包括的解決に向けて追い詰める。経済協力を先にやれば食い逃げされるだけ、圧力だけをかければ反発されるだけだ」
「周辺国はみな北朝鮮の軟着陸を望んでいるが、核や拉致は権力中枢の問題であるだけに北朝鮮の外務省だけと交渉してもうまくいかない。北朝鮮問題を解決するときには、軍事挑発をすれば中国を含めて断固強い措置をとるという前提の下で、権力の中枢と交渉することが必要だ」
――中国の協力を得られますか。
「中国も大国化する中で、国際社会から得る利益が大きくなっている。核心的な利益だと言って力の政治をするより、北朝鮮を軟着陸させるプロセスを他の国と一緒につくった方がいいという政策判断をする可能性はある」
たなか・ひとし 外交官時代には米軍基地交渉も。日本国際交流センターのシニア・フェロー、東大大学院特任教授を兼務。65歳。
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