生活・ひと
一休社長 森正文さん 客室はネットで売る(1)
2000年に高級ホテル・旅館に特化した予約サイト「一休.com」を開設し、急成長を遂げてきた一休。創業者の森正文さん(50)は、36歳の時に日本生命保険を脱サラした起業家だ。
日生でサラリーマン生活を送っていた私が会社を辞めて独立しようと決意したきっかけは、C型肝炎の治療で入院したことでした。「限りある人生、好きなことをして生きていこう」と思うようになったのです。病気が完治すると思いは一層強くなり、起業に踏み切りました。でも、会社を興したけれど事業の柱がなかなか決まりません。「いい事業はないか」と夢の中でも考えているうちに、頭をよぎったのが米国で花が咲き始めていたネットビジネスでした。
「ワープロもろくに打てないお前が」と日生時代の友人にあきれられながら始めたのが、ネットオークションです。何か出品できるものはないかと足を棒のようにして探し歩く日々が続きました。1999年11月のこと、東京・西新宿の高層ビル街を歩いていると、都市ホテルのまばらな窓の灯が目に飛び込んできました。
「そうだ、ホテルの空き部屋は究極の在庫だ。空いている客室を出品してみよう」と思ったのです。翌日からホテルのフロントに飛び込み営業を始めました。通い始めて2日目に思いがけなくホテルセンチュリー・ハイアット(現ハイアットリージェンシー東京)が客室の提供に応じてくれたのです。
その客室がうまく売れると、ヒルトン東京などが次々と客室を提供してくれることになりました。ブランド力のある高級ホテルが取引に応じてくれたことに手ごたえを感じて、00年5月に高級ホテルに特化した宿泊予約サイト「一休.com」を開設しました。とはいっても、当初の月間利用者はわずか300人ほど。それが翌年3月には会員数が10万人に増えたのです。その後も会員数はうなぎ登りに増え、12年6月には270万人を数えるまでになりました。
順調に成長してきた「一休.com」も、東日本大震災後は成長に陰りが見え始めた。しかし「ホテル・旅館、利用者、一休」の“三方よし”を貫くことで、難局を乗り切った。
東日本大震災が起きた後、ホテル・旅館・レストラン予約サイトは、約1カ月間にわたり、怒とうのようなキャンセルが出ました。特にゴールデンウイーク前までは交通機関の混乱や電力供給などはどうなるか、という不安感からホテルに泊まる人が大幅に減りました。少し先の予約もどんどん解約され、取引先のホテルはその処理に追われるという状況でした。
成算もないまま起業した私に成長の機会を与えてくれたホテルや旅館などがピンチに陥っていました。「私たちができることは何か」を必死に考えたのです。「こういう時こそ現場に」と、ホテルを1日8カ所ほど訪れ切実な要望を聞き、対応策を練りました。
努力が実を結び、予約サイトを利用するお客様が増えてきたのです。一方、ホテルや旅館も何とか泊まっていただこうと必死に頑張り、宿泊状況も次第に落ち着きを取り戻しました。こうした好循環が、12年4~6月期の営業利益が前年同期の約5倍という結果をもたらしてくれたのだと思います。
利用者とホテルや旅館から受ける喜びの声。森さんは自ら手掛けてきた事業に確かな手ごたえを感じ始めている。
お客様に高級ホテルや旅館をお得感ある価格で利用していただき、施設側にも稼働率上昇というプラスをもたらす。これが、私の考えたビジネスプランでした。予約サイトを開設して12年余りの歳月がたち、いろいろな声が寄せられるようになってきました。
「高級ホテルに安く泊まれてよかった」とか「そこで彼女にプロポーズを受けてもらい、うれしかった」といった、利用された方の喜びや感謝の声、メールがたくさん届きます。ホテルや旅館の人からも「大震災直後のような厳しいときに、新しいお客様を送ってもらいありがとう」などと言っていただけます。本当にうれしく、「人生いつもチャレンジ」の思いで起業したことへのささやかな充実感が得られたのです。
(聞き手は栩木誠)
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