(5)タイ 中間層台頭、消費ブーム 賃上げ・減税、副作用伴う
「シンハービール」を抱えながらも、東南アジアで唯一、ビール市場が縮小するタイ。政情の混乱が治まらない状況で、政府が酒税の増税や広告・販売規制など飲酒抑制策を強化しているためだ。にもかかわらず、日本ビール各社の新規上陸が相次いでいる。
日系ビール続々
10年前から「スーパードライ」を生産・販売するアサヒに続いて、サントリー、サッポロが日本やベトナムから輸出を開始。キリンは出資先の比サンミゲルのタイ工場で、年内にも「一番搾り」を委託生産し、大手4社が顔をそろえる。
「逆張り」にも見える進出ラッシュの背景にあるのが、空前の日本食ブームだ。縮む国内メーカーの需要とは裏腹に「日本ビールの引き合いは強い」(メーカー幹部)。日本食レストラン海外普及推進機構タイ国支部などによると、日本食レストランは6月時点で1676店と5年前の2.2倍に急増。多少値が張っても味やサービスに支出を惜しまない中間層の台頭がけん引する。
消費ブームは耐久消費財の自動車市場でも顕著だ。1~6月の新車販売は昨年後半の洪水の影響を脱し、前年同期に比べて4割増の61万台。トヨタ・モーター・タイランドの棚田京一社長は「輸出分を国内に回したいが、海外への供給責任もあるし」とうれしい悲鳴を上げる。
タイは国内総生産(GDP)の7割を輸出に依存する。欧州債務危機や中国景気の減速により、1~6月の輸出は同2%減と6半期ぶりにマイナスとなった。だが、直近のタイ証券取引所(SET)株価指数は1200超と16年ぶりの高値圏にある。国内消費の底堅さを好感しているためだ。
「輸出依存からの脱却」を掲げて1年前に発足したインラック政権。法定最低賃金の大幅引き上げや車や住宅購入時の大型減税など、収入引き上げと生活費引き下げにより可処分所得を増やし消費を喚起する施策は、外需不振を補って景気を下支えしている。
企業には負担も
ただ、バラマキの副作用も目立ってきた。例えば4月に実施した最低賃金の引き上げ。バンコク日本人商工会議所の調査によると日系企業の平均賃上げ率は13.4%に達した。政府は企業負担を軽くするため、法人税率を30%から23%へ引き下げたが、企業の3社に2社は「減益要因になる」と答えた。
いくら所得が増えても物価が上昇しては消費者にとっても意味がない。消費者物価上昇率は4~7月に4カ月連続で2%台と低水準だったものの、日用品や外食産業の値上げが相次いでおり庶民の生活実感は厳しい。
政府も洪水再発を防ぐ治水事業など大型の財政出動を控え、いつまでも所得増加や減税の施策を続けられるわけではない。「上げ底」景気の軟着陸には危うさもはらむ。(バンコク=高橋徹)