阿倍 仲麻呂(あべ の なかまろ)。奈良時代の遣唐留学生。節度使としてベトナムにおもむく
阿倍仲麻呂(あべ の なかまろ)は、奈良時代の遣唐留学生です。
科挙の試験に合格し、玄宗皇帝につかえ重用されます。
詩人の李白や王維などとも交友があります。
科挙の試験に合格し、玄宗皇帝につかえ重用されます。
詩人の李白や王維などとも交友があります。
【※】科挙の試験
高級官僚を登用するための試験制度。1300年以上続きました。
阿部仲麻呂は 安南節度使(大使)として、ハノイに2度 駐在します。
節度使とは、唐の時代の辺境要地の軍団の長のことをいいます。
辺境諸州の民政、財政を司ったため、私兵を養い強大な力を蓄えたものもいます。
鑑真をともなって、帰国の途につきますが、難破して果たせません。
在唐54年、阿倍仲麻呂は日本に帰ることはできません。
望郷の歌が有名です。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも」(阿倍仲麻呂)
(大空をはるかに仰ぎ見れば、(月が出ている。)
昔、春日の三笠山からのぼったあの月と同じ月なのだなあ。)
【※】中国の王朝
阿部仲麻呂は 安南節度使(大使)として、ハノイに2度 駐在します。
節度使とは、唐の時代の辺境要地の軍団の長のことをいいます。
辺境諸州の民政、財政を司ったため、私兵を養い強大な力を蓄えたものもいます。
鑑真をともなって、帰国の途につきますが、難破して果たせません。
在唐54年、阿倍仲麻呂は日本に帰ることはできません。
望郷の歌が有名です。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも」(阿倍仲麻呂)
(大空をはるかに仰ぎ見れば、(月が出ている。)
昔、春日の三笠山からのぼったあの月と同じ月なのだなあ。)
【※】中国の王朝
隋→ 唐(618年~907年)→ 宋→ 元→ 明→ 清