孫氏、攻めの場を世界へ ソフトバンク、買収攻勢再び
「守りは恥」首位へ執念 激戦の米、壁は高く
ソフトバンクが米携帯電話3位のスプリント・ネクステルと同5位メトロPCSコミュニケーションズの買収に動く。実現すれば総額2兆円を超え、日本企業で過去最大のM&A(合併・買収)となる。英ボーダフォン日本法人を買収し立て直した手法で激戦の米国市場に挑むが、大きな試練も待つ。リスクを恐れず成長を目指す社長の孫正義(55)を駆り立てるのは何か。孫の言葉から検証する。
守りに入りかけている己を恥じ入る。もっと捨ててかからねば
孫は最近、ミニブログのツイッターでこんな言葉をつぶやいていた。スプリントとの買収協議に臨む心境の吐露。巨額買収を巡る条件交渉や資金調達は一筋縄ではいかない。失敗のリスクにひるむ自分を奮い立たせたのかもしれない。
ソフトバンクはスマートフォン(高機能携帯電話)販売の好調で2012年3月期に営業利益が7期連続で最高益を更新。「経営会議で怒鳴り合うことも少なくなった」(技術担当役員の宮川潤一、46)。社内には高収益に安住するムードも漂う。しかし日本の携帯契約件数は3月末に国内の人口を超えた。成長を海外に求めるほかない。
五輪で銅メダルをとったくらいで涙を流すシーンが僕には理解できない
国内4位のイー・アクセス買収を発表した10月1日。45分間にわたり経営統合効果を説明した孫の口調に最も熱がこもったのが「いずれNTTドコモを抜いて1位になる」と宣言した時だ。
その日は五輪ファンからの批判の書き込みが相次ぎ、孫がツイッターで謝罪する一幕も。一連の買収が実現すれば日米の携帯契約件数は1億件を超え、ドコモ(約6千万件)を軽く抜き去る。
リスクを取るのが起業家
英ボーダフォン日本法人を約1兆7500億円で買収し、携帯電話事業に参入した06年。投資回収を不安視する周囲の声に孫は「リスクを取る覚悟」を繰り返し訴えた。
かつて、利益を次々に先行投資する「自転車操業」の不安を指摘した財務担当役員の藤原和彦(52)に孫はこう応じた。「もっとペダルをこげばいい」
日本にないものを米国から持ってくるだけでインターネット革命ができる
1996年に米ヤフーと組み日本法人のヤフーを設立するなど、ソフトバンクの経営モデルは日米のネット産業の「時差」を利用する「タイムマシン経営」といわれた。
しかし今回、孫は日本の携帯電話の成功モデルを米国に持ち込む。日本では音声通話の定額料金制「ホワイトプラン」など既存の仕組みを壊すアイデアと、徹底した効率化で現金収入を増やし成長軌道に乗せた。
米スプリントは5期連続の最終赤字に苦しむ。05年にネクステルを買収したが「両社の通信規格が異なり統合効果が生み出せない」(UBS証券の梶本浩平アナリスト)。料金競争は日本以上に厳しく、再建への道のりは険しい。
30年後には少なくとも時価総額で200兆円規模になっていなければならない。現役最後の大ぼら吹きだ
孫が打ち出したソフトバンクの長期ビジョン。8月に史上最高の時価総額を記録した米アップルですら約50兆円だ。荒唐無稽ともされる目標に向け歩む孫に株主はついてこられるか。ソフトバンク株の12日終値は前日比16.87%安の2395円で引けた。
=敬称略
(磯貝高行、大西孝弘、川上尚志)
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財務改善で信用力 巨額投資は重荷に
ソフトバンクは財務の改善と信用力の向上を進め、巨額投資が可能な環境を整えた。ただ、今回の投資がこれまで以上の重荷となる懸念もある。
携帯電話事業の収益でソフトバンクのフリーキャッシュフロー(純現金収支)はここ数年、4000億~6000億円の黒字を確保。英ボーダフォン日本法人の買収で2007年3月末に2兆円を超えた純有利子負債は今年3月末までに3割に減った。一時、投機的水準だったスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)などの格付けも投資適格になった。
昨年には財務上の「制約」も解消。ボーダフォン日本法人の買収では携帯電話事業を証券化し資金を確保。このため同事業が生む資金の使い道が制限されてきたが、資金を借り換えた。
今年4月、孫正義社長は決算説明会で、14年度末に純有利子負債をゼロにするとの「公約」を撤回、路線を転換した。
一連の買収で純有利子負債が4兆円を超える懸念がある。20%弱まで回復した自己資本比率も「10%台前半に下がる可能性がある」(野村証券の魚本敏宏チーフ・クレジット・ストラテジスト)。米携帯電話事業の立て直しに手間取れば成長シナリオは狂う。孫社長はペダルをこぎ続ける。