2012/08/01

北岡伸一:指導者はリスクを取れ(NK2012/3/13)


(脱・成長論を疑う)(4)「受動的な無責任」改めよ
北岡伸一 東京大学教授
他人依存の姿勢 限界 リスク取る精神欠かせず

(1/3ページ)
2012/3/13付
日本経済新聞 朝刊
3099文字
<ポイント>
○危機意識の欠如と公的精神の衰退が顕著に
○世界の原発増加を踏まえ事故への備え必須
○日本の経済停滞の根源はリスク回避の精神
 東日本大震災から1年を経たところで、震災と復興に対する政治の取り組みと、その背景にある政治意識について考えたい。以下、震災および津波への対応と、原発事故への対応を、適宜わけて考える。
 多くの人が政治指導者の危機意識の欠如、リーダーシップの欠如と非効率を指摘する。過去の例と比べてみよう。
 明治24年(1891年)、濃尾大地震が起きたとき、名古屋の師団長はのちの総理大臣、桂太郎だった。桂は直ちに被災者の救援と人心の安定のために師団を出動させ、大きな成果を上げた。そののち、桂は天皇の命令なしに兵を出したことについて進退伺を出し、却下されている。
 こうした桂の行動のうち、兵を動かすことに関する責任の意識が昭和の陸軍からは失われ、機動的に軍を動かすという感覚が戦後には失われてしまった。阪神大震災時の村山富市内閣の初動の遅れはそれであったし、今回の震災でも初動は必ずしもスムーズでなかった。そもそも首相の周辺に自衛隊出身の秘書官はいない。こういう国はむしろ珍しい。
 大正12年(1923年)の関東大震災では、震災の翌日内務大臣に就任した後藤新平は、その日のうちに復興に関する4カ条の基本方針を書き下ろし、その具体化に努めた。後藤は震災後約4カ月で退陣し、この間原案は相当に縮小されたが、それでも都市改造で画期的な成果を上げた。
 今回は、政府の復興構想会議が設置されたのが震災から1カ月後であり、提言が出たのは昨年6月、つまり震災から3カ月後である。その遅さは、最終的には首相の責任だ。
 こうした会議は、トップが大体の方向を示し、その方向を具体化するのにふさわしい人々を任命して進めるべきものだ。しかし、首相が発言して方向を指示することはなかったし、委員会も委員の間の意見対立の克服に時間を費やしたらしい。後藤のように都市計画に深い知見を持った人物は望めないにしても、トップの責任という点では、はなはだ物足りなかった。
 中央の官僚制も、縦割りの弊害で自己の責任の範囲を超えた問題の処理は元来苦手なうえに、責任感の希薄化が進行しており、かつての能動的に行動する官僚制ではなくなっていた。この点、民主党の責任も大きく、政治主導の名において官僚の活動を封じた結果、ますます官僚は受動的な無責任に逃げ込んでいた。
 地方自治体では、長年中央からの支持を受けて動くのに慣れていて、やはり主体的、能動的な動きは少なかった。細かいところまでマニュアル化された行政にとって、震災は巨大すぎた。
 地震ののちに、国民の間の助け合いの精神が大いに発揮されたように見えたが、実際のところ、がれきの引き取りに対して多くの自治体で強い抵抗があり、進んでいない。戦後政治についていわれていた危機意識の欠如と公的精神の衰退は、震災でより顕著に浮かび上がった。根源には、自国の安全を米国に依存して、これを当然とする考え方があるのではないだろうか。
 首相と周辺の関心が原発問題に集中していたということもあるだろう。原発事故は未曽有のことだが、冷却装置や非常電源などの設計上の問題点を含む東京電力の失敗と、政府の監督体制の失敗であった。当時の菅直人首相の個人的な判断ミスや過剰介入はあったにせよ、より大きな問題はそれ以前から存在した。
 民主党政権の発足後、2010年4月に開催された核安全保障サミットのあと、国際原子力機関(IAEA)から、核テロに対する備えが不十分だとの指摘がなされていた。これに対して、日本は適切に対応してこなかった。
 原発事故の結果、政府が事実を国民に知らせていないとの不信が広がり、政府の信頼は大きく傷ついた。外国からネット経由で情報は伝わってくるだけに、率直に国民に語りかけなければならない。「由(よ)らしむべし知らしむべからず」の政治(それを主導してきたのは自民党だが)には終止符を打たねばならない。同時にインターネットの時代には、国際的な協調、協力はますます重要になる。
 筆者は震災以前から、消費税および社会保障制度改革のために連立政権が必要だという意見だったが、特に震災直後には連立政権をつくるべきだったと思う。小選挙区の本場の英国でも、20世紀に3度の連立を組んでいる。第1次世界大戦、大恐慌、第2次世界大戦の3度である。国家の危機には大連立というのは、むしろ常道である。
 連立すれば直ちによい知恵が出るとは思わない。連立によって、共同で責任を担当し、無用な批判や揚げ足取りをしなくなるということだ。
 昨年5月、菅内閣を引きずりおろしたい自民党と小沢一郎氏のグループが、将来の方向については全く意見を共有しないのに、不信任案を提出する動きを示したのは、その証拠である。自民党も、連立すれば民主党に利用されるというようなケチな考えを持つべきではなかった。連立の中で不満があれば、閣議の中で議論すればよいのである。

画像の拡大
 世界で原発が増えていくことは確実だ(表参照)。長年先進国がエネルギーを大量消費して、豊かな社会を築いてきた。新しく勃興してきた国々はだめだということは許されないだろう。今後もエネルギー需要は増え続ける。原発はその有力な手段として、多くの国が拡大しようとしている。その際、最も安全なのは日本の原発だ。原発の輸出について、反倫理的だからやめるべきだという意見がある。しかし輸入する側から考えれば、日本のような地震の多い国で開発された原発なら、安全と考えるのが当然だろう。
 韓国で今月、核安全保障サミットが開かれる。筆者はその準備のため、インドのアブドゥル・カラム元大統領、シンガポールのゴー・チョクトン元首相、オーストラリアのギャレス・エバンス元外相、ハンス・ブリックス元IAEA事務局長らとともに、昨年11月の有識者会議に参加した。韓国が任命した人々なので当然だが、原発に対する根本的な反対の声は出なかった。
 彼らが日本の原発事故を真剣に受け止めていないわけではない。事故はどこでも起こりうるので、その場合に備えなければならないということを、宣言に取り入れる方向だ。
 日本の原発反対派には、「想定外」ということは許されないという人がいる。しかし、世界の情勢を考えれば、ホルムズ海峡をめぐって中東で軍事衝突が起きる可能性もゼロではない。こういう事態も想定しなくてはいけない。それなら、中長期的にはともかく、直ちに原発をやめるわけにはいかないのである。
 多くの人が「安全・安心」を強調する。しかし大事なのは安全の確保であって、安心の確保ではない。安心を強調するのは、実はお上に依存するということである。
 国民が安心を求め、リスクをゼロにせよといえば、政府はこれに答えて、リスクはゼロだという。こういうフィクションはやめるべきだ。人生はリスクに満ちている。リスクを直視し、これをできるだけ減らすように様々な努力をし、あとはリスクを取って行動することが必要だ。日本の経済発展の停滞も、根源にあるのはリスクを取らない精神ではないだろうか。
 石橋湛山は大正12年10月に書いた「精神の振興とは」において、「亡(ほろ)び行く国民なら知らぬこと、いやしくも伸びる力を持つ国民が、この位の災害で意気阻喪してはたまるものではない。心配はむしろ無用だ」と述べている。傾聴すべき言葉である。
=この項おわり
 きたおか・しんいち 48年生まれ。東京大法卒。元国連代表部次席大使。専門は日本政治