マレーシアのマルチメディア・スーパーコリドー その現状と展開(32,000語)


マレーシアのマルチメディア・スーパーコリドー 

その現状と展開

桑 原 政 則  1998年

目  次

キーワード
略語
はじめに
1. マルチメディアについて
2. マハティール
3. マルチメディア・スーパーコリドー計画の背景
4. MSCとは?
5. MSC企業への10大優遇措置
6. 7つの基幹プロジェクト
7. 次世代インフラストラクチャ
8. サイバー法
9. 国際諮問委員会
10. 設立の経緯
11. 今後の課題と展望

参考文献


キーワード

クアラルンプール サイバージャヤ ビジョン2020 プトラジャヤ マハティール サイバー法 マレーシア マハティール マルチメディア開発公社(MDC) マルチメディア・スーパーコリドー(MSC) クアラルンプール国際空港(KLIA) 

略語

ATM Asynchronous Transfer Mode
EC IT Information Technology  情報技術
KL  Kuala Lumpur ケーエル 
KLCC Kuala Lumpur City Center クアラルンプール・シティセンター
KLIA International Airport クアラルンプール国際空港
MDC Multimedia Development Corporation マルチメディア開発公社
MESDAQ Malaysian Exchange of Securities Dealing and Automated Quotation
MSC Multimedia Super Corridor マルチメディア・スーパーコリドー
R&D Research & Development  研究開発

テクノロジーが歴史や文化を変える

第1章 情報革命の時代

人類は、有史以前の農業革命、300年の産業革命を経て、20世紀末の現在、情報革命のまっただ中にある。産業革命は、工業という新たな価値観を生みだし、わずか300年で、一気に農業社会から近代社会を築き上げた。情報革命は、それより巨大ではるかにスピーディーな変革を起こしつつある。すでに、世界的に、経済の主軸は、物財の生産から情報財の生産、消費、流通に移行している。アメリカの景気が右肩上がりを続けているのは、アメリカの産業の相当部分が、情報社会化したということにある。日本でも、情報関連産業の産出高はすでに自動車関連産業の産出高を上回っており、情報関連産業の従事者のほうがはるかに多い。注)立花 人類は、情報産業という未知の大陸を発見したことによって、今や社会文化経済システムを大きく変容しようとしている。いかにこの巨大でスピーディーな革命に、技術的にばかりでなく、新しい価値観や倫理観を創造して、社会や教育が対応できるかが、国家の命運を左右するようになってきている。
マレーシアは、1971年以来5年ごとに戦略的な開発マスター・プランを策定して、経済成長をはかってきた。このマスタープランが最終的に目指しているのが、「ビジョン2020」である。このビジョンは、1990年から30年かけてマレーシアを先進国入りさせるというもので、1991年にマハティール首相が提唱した。
注)「ビジョン2020」
この「ビジョン2020」(マレーシア語でWawasan 2020、ワワサン ドゥアプル・ドゥアプル)を達成するためには、マレーシアは産業構造を現在の製造業中心から情報とマルチメディアを中心とした知識集約産業へ転換し、情報立国になる必要がある。その核となり、マレーシアが国運をかけて取り組んでいる壮大な計画が、マルチメディア・スーパーコリドー(MSC)計画で、いわばアジア版のシリコンバレーの建設である。注)設立の経緯 一 昨97年夏以来の経済危機にもかかわらず、マレーシアはマハティール首相の強力なリーダーシップのもと、この計画を遂行中である。「ビジョン2020」およびMSC(マルチメディア・スーパーコリドー)計画は、世界の新しい変化、情報革命に積極的に関与せんとするものである。本稿では、「ビジョン2020」を達成するための中核をなすマルチメディア・スーパーコリドー計画について検証するものである。

マルチメディアについて
メディア(media、mediumの複数形)とは、古くは人と心霊を結びつける霊媒のことである。
マルチメディアとは、人間と複数のmedium、つまり文字、音声、画像、映像、などとの交感をおこなう媒体である。メディアの中には、将来的には、触覚、味覚、臭覚、時間感覚なども含まれる。触覚の取り込みの実現性がもっとも高い。注)奥野 具体的には、小型コンピュータの中に、インターネット、イーメール、ラジオ、テレビ、CD、電話、ファックス、ビデオ、ワープロ、新聞、週刊誌、雑誌、本、辞書、百科事典などを一体化し、双方向通信ができるようにした装置であるといえよう。
現在、急速に研究、学習、実用の段階でパソコンからマルチメディアへの転換がおこなわれている。ポスト・パソコンの時代のコンセプトは、「マルチメディア」であるといえよう。

MSC計画の意義
ところで、マルチメディア、インターネットの問題点は、すべてがあまりにもUSセントリックであることである。グローバルにインターネットに接続するためには、代金もアメリカに払わなくてはならず、様々な情報は、アメリカを迂回せざるを得ない。使用言語も英語が主体である。MSC構想は、このアメリカ中心体制の打破するための重要プロジェクトなのである。
脊椎動物では、情報中枢が一点に集中しており、いわば高性能の大型機にすべての端末がぶら下がっているようなものである。脊椎動物の中央集中処理方式では、センター機がダウンしたらシステム全体が機能しなくなる。ところが昆虫には、神経球がいくつもあり(発生学的には、脳もそのひとつ)それらは、線で結ばれていない。昆虫の分散処理方式では、1台が破壊されても影響はすくない。マルチメディアやネットワークには、昆虫型が適している。脱近代の今日では、中枢が不確かで混沌としていることが、かえって強みになる。情報も不定形で、曖昧な質が価値になる。
地球上が単色の情報文化でおおわれたら、その文化に危機的な状況が生じた場合、全文明が滅亡のおそれがある。動物のゲノム(遺伝子群)と同様、文化の遺伝子ミームも様々な可能性を保有しておいた方がよいといえよう。注)おくの 105 今後は、非中央集権的なエスニック・メディアの拡散が、virtual global villageの文化をより多様に豊かにするはずである。世界中がアメリカ食を強いられるのには、耐えられないはずである。アメリカは、頑としてヤード、フィート、ポンド、温度の華氏などの自国にしか通じない制度を守り通している。マレーシアにも、東南アジアにも、独自のマルチメディアがあった方が地球の文明は豊かで、柔軟になる。

地方分権も情報通信の発達で
都市集中型、中央集権も遠隔教育、テレメディスンで解決


テクノロジーが時代を変える。
15世紀の活版印刷、18世紀の蒸気機関、20世紀の自動車は、人々の常識、観念を変え文化を変容させてきた。通信衛星を介してのテレビ映像が、ベルリンの壁を崩し、ソビエトを解体に導いた。冷戦を終結させたのは、革命や戦争、イデオロギーや政治ではなく、メディア・テクノロジーによってであった。近未来には、予測できないほどマルチメディアが世の常識を変えるであろうといわれている。

情報通信産業がこれからの経済のエンジンになる。


以上みてきたように、マレーシアの今日の発展、「ビジョン2020」、MSC計画は、すべてマハティール首相の主導のもとにおこなわれた。そこで、マハティール首相の経歴、思想、哲学について概括する。注)マハティールの著書

マレーシアの父マハティール
マレーシアは、人口2000万人で、うち1割の200万人が首都クアラルンプールに住む。多民族国家で、人種構成は、マレー系・原住民系6割,中国系3割,インド系1割となっている。

内政:マレー系,中国系などの人種間の融和、マレー系住民の経済的引き上げ、イスラム急進派対策、首都機能分散計画

外交:ASEAN域内の協力。イスラム諸国との連帯重視。環太平洋諸国との協力。大国との等距離外交。欧米の価値観やルールの押しつけに批判的。

経済:80年代後半より電子機器、ゴム関連加工業などで工業国への道を歩んでいる。長期計画「ビジョン2020」で2020年の先進国入りを目指す。  第7次5ヶ年計画(1996-2000)では、GDPの成長率8%、労働集約型から技能・資本集約型への転換、、マレー系企業の増大、巨大ダム・発電施設の建設をめざす。



マレーシアが1957年に独立したとき、この国は民族問題を解決できず、民族抗争を続け、貧困のままで終わるだろうと識者は思った。「40年後マレーシアは誰もがうらやむほどの経済成長を遂げ、民族の融和も果たした」注)The way forward urahyousi

Datuk 国が与える第三の位。なお、各州の元首から与えられる州の最高位もDatukまたはDat
o'という。また、州によっては最高位がDatuk Seri or Dato' Seriというところもある。マハティール首相の場合はそれだと思います。


G15
マハティール首相の発案
G15とは、非同盟諸国会議に属する主要途上国による定期会議で、マハティールの主導ではじまった。途上国が南南協力を推進し、先進国に対して統一的な立場をとり、発言力を強化することが目的である。1990年に第1回会議がクアラルンプールで開催された。1997年にも、クアラルンプールで開催され、通貨取引の規制を正式議題とし、各国の首脳たちはマハティール首相を強く支持し、IMFに対する規制策提案をおこなった。



冷戦後の世界の対立は、イデオロギーから文化の対立に移った。

マハティールの欧米観
・キリスト教徒たちは物質的な価値観によって、精神的な価値観を破壊してしまった。欧米文明を受け入れないものは、封じ込める。欧米的価値観だけが世界の中心であるとし、アジア的なものは、古いもの、田舎臭いもの、前近代的のもの、封建的なものであるとして排除する。
・世界は、過去何百年もユダヤ・キリスト教の一元支配下にあった。これを文化的多極主義に変えなくてはいけない。
・一つのイデオロギー、一つの体制ですべてが解決するという普遍主義、欧米中心主義は限界に来ている。
・資本主義も社会主義も唯物主義を土台にしており、精神的なものが欠落している。
・欧米の道徳心は低下し、倫理観も荒廃している。個人の権利のもとに社会を損なっている。
欧米の価値観は快楽主義的物質至上主義である。
・現代は欲望肥大と自然破壊を無限に広げている。
欧米流人権、個人主義は多くの弊害を生んでいる。
・グローバル化と規制緩和は、アメリカなどの先進国のためにしかならない。

IMF、規制緩和
市場経済万能主義を拒否しよう。
シカゴ学派が主導する市場経済万能の新古典派経済学アプローチに代わる第三の道を探さねばならない。
・市場原理を至上のものと考え、自由放任、自由競争を礼賛するアメリカ型経済モデルは、シカゴ学派を中心とする新古典派経済学の信奉者たちによって形成されている。
IMFは、事実上米国の機関で、米国の利益のために働いている。
アジア危機は米国によって仕組まれた乗っ取り劇である。ジョージ・ソロスみたいな投資家集団が短期資金をかざして、切り込み隊長として乗り込んでくる。現地のカネはバブル状態になる。頃合いを見計らって、資本を引き上げる。今度は、ムーディーズみたいな格付け機関がきてかく乱する。最後にはIMFが進駐軍よろしく一国の管理にやってくる。その後、日本企業が引き上げた後米国の企業が進出する。米国はアジアに日本に主導権をもたせたくない。注)石原

注)タイの英字新聞IMF批判
タイの英字新聞に読者からの概略次のような投書が掲載された。「IMFは、消防夫ではなく放火犯である。IMFの歴史は失敗の歴史である。1965年から95年にかけてIMFが融資をした89カ国のうち、48カ国はno better offであり、32カ国は以前より貧しくなったいる。今やIMFは国際的な脅威となっている。IMFは、閉鎖的、秘密主義的で無能である。メキシコやアジアの経済危機を予見できず、危機が起こったときには適切な対処もできなかった。」
Nation, 1998-7-24
・「われわれは、アジア社会は自らの発展と前進を目指すに当たって、社会正義と公正さを常に心がける必要があると考える。……完全な市場システム経済が採用された場合には、無法の”ジャングル”が出現するような状態であってはならない。われわれは、極力、アジアの伝統的な村落社会に見られる社会的慣習を尊重し、これに沿って生きる行き方を維持したいと考える。常に人間の顔をもった資本主義を機能させる必要があるわけである」アジア復権の・

注)なぜ、アメリカはマハティールを敵対視するか?
By portalasia
オピニオンリーダーとしてアメリカの覇権主義への対抗策を講じる必要性をアジア各国に説き続けてきた。
EAEC( East Asia Economic Caucus) 構想など、アジア新機軸の確立を主張。
アジア的民主主義の正当性を国際世論に訴え続けてきた。
拡大アセアンをはじめ、アジア諸国の冷戦後の新秩序づくりを主張してきた。

アジア観
・合意と集団の医師を重視するマレーシア型民主主義が、アジア流発展路線であろう。
・アジアは、他を犠牲にしない反映をめざすべきである。欧米の反映は非欧米の犠牲の上になりたったものである。
・ルック・イーストとイスラム重視がマレーシアの路線である。
・社会が個人に優先する社会、強靱な家族制度が福祉の担い手となる社会を建設しよう。
「アジア主義」とは、日本中心主義ではなく、東南アジアの土着文化、イスラム文化、中国文化、インド文化を尊重することから始めねばならない。
近代化は、アジアの価値観を復興させるための手段。
注)日本観 日露戦争、高度成長はアジア人に大きな自身を与えた。日本には、アジアの自身の源泉であってほしい。

注)マハティール首相の訪日
マハティール首相は頻繁に日本を訪問しております。下の通りである。息子と娘を
1983年1月
1983年11月
1984年10月
1985年7月
1986年10月
1988年3月
1988年10月
1990年4月
1991年11月
1993年5月
1994年10月
1995年5月
1995年11月
1996年2月
1996年5月
1997年?月
イスラム
強い宗教的、精神的価値を持った路線。。
自由も博愛も平等もイスラムの教えに入っている。
・ルック・イーストとイスラム重視がマレーシアの路線
注)強いイスラム信仰を有する。イスラム大学やイスラム銀行を設立した。
近代化


注) 『アジア復権の希望 マハティール』
マレーにも過去の誇りがある。マラッカ王国は、1400年代には既に中国、インド、ペルシャ、アラビアなどから商人が集まる世界の中心地であった。

マハティールの自然観は?
ところで、マハティールの@ 近代思想の方向を定めたのはデカルトの機械論的世界観とベーコンの自然支配的世界観である。人間と自然を対立させる二元論で、人間は自然を奴隷のように支配することができるという考えである。デカルトの機械論的世界観とベーコンの自然支配的世界観が結びついて、公害、環境破壊、資源枯渇を生み出し、自然は、人間の暴力、搾取に耐えかねて急速に崩壊している。
デカルト、ベーコンの人間至上主義は、キリスト教やギリシャ哲学といった西洋文明の本質に根ざしている。バイブルでは、人間には精神があり、他の動物を支配する権利がある、とされている。また、プラトンなどのギリシャ哲学者も人間は精神を有する故に、万物の長である、と考えた。
世界は、今までの人間至上主義的な近代哲学ではどうにもならないところまできている。人間のことだけを考えていた倫理学も変わらねばならず、経済学も、環境問題を真剣に取り入れてものでなければならない。
マハティールの深く信奉するイスラム教も、一神教で人間至上主義的なところがある。上の呼びかけにマハティールは、どう答えるか、尋ねてみたいものである。注)草原の思想・森の哲学


マレーシアの通信事業史

1965年  ・シンガポールのC&Wを接収し海外通信を国営化
1987年   ・JTM(電気通信総局)の事業部門を民営化、STM(Syarikat Telekom Malaysia)として発足、公衆通信を一元的に運営。JTMは郵電省の内部機構として存続
1991年  ・マハティール首相、「ビジョン2020」を発表
 ・マレーシア電気通信会社(STM)、テレコムマレーシア(TM)と改称
1994年  ・マハティール首相、NPT (: National Telecommunications Policy 電気通信に関する国家政策)を発表
          ・テレコムマレーシア(TM)、NII(Network Information Infrastructure)計画を発表
1995年  ・マハティール首相、マルチメディア・スーパーコリドー(MSC)計画を発表

マハティールは、1991年に「ビジョン2020」(先進国入り宣言)を発表した。「ビジョン2020」の達成手段が、1994年のNPT(電気通信に関する国家政策)である。NPTは、2020年を目標に高度情報化社会、世界の電気通信のハブとなることを目指すもので、具体的には、電気通信インフラの整備、通信機器製造企業の国際化、僻地インフラ改善、各種規制の改廃、競争の促進などである。
NPTにより、通信市場における競争が促進され、すべての電気通信分野で新規参入ラッシュが始まり、現在までのところ、国内電話で5社、国際電話で5社、移動体通信(セルラー電話、PCNサービス)で8社が免許を得ている。
1994年のNII(Network Information Infrastructure)は、2000年までに広域ISDNによりLANを利用可能にする計画で、まず幹線65,400Kmの光ファイバー化を進め、最終的には、すべての端末をATMネットワークで結び、情報ハイウェーを築き上げることを目指している。
1995年のマルチメディア・スーパーコリドー(MSC)計画は、首都クアラルンプール、サイバー都市サイバージャヤ、新首都プトラジャヤ、クアラルンプール新国際空港を結ぶ地域を「マルチメディア・スーパーコリドー(MSC:Multimedia Super Corridor)」と名付け、サイバージャヤにマルチメディア関連企業の地域本社やR&D部門および最新のハイテク産業などを誘致して、アジアの情報通信ハブを目指すものである。政府は、法人税の免除などの優遇措置を用意して、世界レベルの企業の誘致をはかっている。
最大手のテレコムマレーシアは、電気通信バックボーン回線の独占提供権を取得、MSCのインフラ構築をおこなう。日本からは、NTTがコンピューター通信専用網の構築をおこなう。

テレコムマレーシアの主な海外進出状況
テレコムマレーシア(政府出資70%)は、国内ばかりでなく、海外通信市場への積極的に進出している。次にその進出状況をあげる。

1994年:
インドで、地元のウシャマーティンとGSMセルラー事業の合弁会社「ウシャマーティンテレコム」を設立。50%の出資
スリランカで、地元のサンパワーシステムズとGSMセルラー事業の合弁会社「MTNネットワークを設立。80%の出資
マラウイで、マラウイ郵電局と共同でGSMセルラー・データ通信事業を行う免許を取得
ギニアで、ギニア電気通信会社(Sotelgui)の株式60%を取得
1995年:
タイで、地元のTOTと電気通信サービス・インフラの共同開発についての覚覚え書きを締結
インドネシアで、PTテレコムとカリマンタンの電話網整備プロジェクトの共同運営を契約
1996年:
ガーナで、テレコムマレーシアを中核とするコンソーシアムが、ガーナテレコムの株式の30%を取得
1997:
タイで、通信会社サマートグループの株式20%を取得することに合意。同グループの子会社でディジタルフォン社(DPC)の株式33.3%も買収。
南アフリカで、テレコムマレーシアのコンソーシアム等が、南アフリカテレコムの株式30%を取得。

マルチメディア・スーパーコリドー計画の背景
マルチメディア・スーパーコリドー計画が立案された背景には、次のような要因が考えられる。

・マレーシアの製造業中心経済が頭打ちになったこと
マレーシアは、1950年から60年代においては、ゴム、パーム油、スズなどの一次産品輸出国にすぎなかった。工業立国を歩み始めたのは70年代からであった。1980年代後半には、外資規制の緩和策と円高により日本の電子・家電メーカーなどをはじめとする外国企業、工場の大々的誘致に成功し、成長著しい東アジア諸国の中でも特筆されるような安定した工業化社会を一気に築き上げた。
しかし、最近はインドネシア、ベトナムなどのアセアン諸国や中国の追い上げ、また同様な政策をとる国も増え、さらに日本からの直接投資も94年度からは減少傾向にあり、製造業中心経済は転機を迎えている。そこでめざしたのが、産業構造を労働集約型製造業中心経済から情報通信産業を中心とした知識集約型への脱皮をはかろうというわけである。

・MSCがアセアンの情報産業上の首都になること
MSC計画の背景には、アセアン10ヵ国が一大経済圏へ発展しつつあることもある。アセアンは、67年の発足当初は防共協定的色彩が強かったが、現在は経済的側面での協力を深めている。たとえば、2003年までにアセアン域内の貿易品目関税は、5%以下になる。マレーシアの国家戦略は、時代の趨勢が工業社会から情報社会への転換であることをいち早くとらえ、アジア各地に散財している多国籍企業の地域統括ハブ、つまりアセアン経済圏のハイテクビジネスの首都になろうとするものである。こうすれば、賃金水準の低いベトナムやミャンマーの工場をここから管理、運営したりすることもできるわけである。

・アジアの復権をはかること
MSC計画の長期的な目的、またマハティールの真意は、マレーシア経済、東南アジア経済の地位向上をバネに、欧米先進国支配の国際秩序を修正し、マレーシア人に自信と尊厳を与え、アジア全体の復権をめざすことである。デジタル新時代へ向け、マレーシアが先手を打つのは、「欧米だけがサイバー空間を独占する恐れがあるからだであり、サイバー植民地主義を許してはならない」注)マハティール、97年4月訪日の講演)からである。

マルチメディア・スーパーコリドーとは?
マルチメディア・スーパーコリドー(MSC 、Multimedia Super Corridor)は、マレーシア語で ”Koridor Raya Multimedia MSC”、中国語で「多媒体超級走廊」)といい、1996年8月に全体構想が発表された。「ビジョン2020」達成のための核心となるこのMSCとはいかなるものであるかを次にみていきたい。
一口で言うと、マルチメディア・スーパーコリドー計画とは、クアラルンプルとその南のクアラルンプール空港を結んだ卵形の回廊をマルチメディア・スーパーコリドーと名付け、卵の黄身の左半分をサイバー都市、右半分を新首都にし、マレーシアを情報化時代の世界の旗手にせんとするものである。この巨大なコリドーに、高速・大容量の光通信ケーブル網(最大10メガバイト/秒)を施設して、政策、法律を完備し、世界レベルのハイテク先端企業500社を誘致し、世界のマルチメディア拠点にしようというのがMSC計画である。
このプロジェクトは、マレーシア政府が、国運をかけて取り組んでいる国家プロジェクトであり、その核になるのがサイバー都市サイバージャヤで、ここに情報通信インフラを整備した情報通信産業の集積地を作ろうという計画である。

MSCは、クアラルンプール(KL)から南へ縦50キロメートル、横15キロメートルのコリドー(回廊)であり、面積は750平方キロ、シンガポールの3倍ほどもある。北端は、クアラルンプールのインテリジェント地区KLCC(Kuala Lumpur City Center クアラルンプール・シティセンター)に始まる。KLCCは、KLタワーや、世界一のツインタワーなどの世界最高層ビルが建ち並ぶインテリジェント地区である。
このコリドーには、世界初の二つのスマート・シティが建設中である。一つはMSCの中心部に建設中のマルチメディア産業、R&Dセンター、マルチメディア大学が集合するインテリジェント都市サイバージャヤ(Cyberjaya)である。
サイバージャヤの東隣にはマレーシアの新行政首都プトラジャヤ(Putrajaya)がある。ここでは電子政府の概念が採用される。本1998年中には、首相府がプトラジャヤに移転することとなっている。
クアラルンプールからは現在の南北ハイウエーから新ハイウエーがプトラジャヤ、 サイバージャヤ、クアラルンプール国際空港(KLIA )まで接続する。また、クアラルンプールからKLIAまでの新しい鉄道も建設される。

以下、MSCの環境について見ていきたい。

MSCの環境
MSCは、企業地区、官庁地区、商業地区、住宅地区、娯楽地区、ガーデンコリドーに区画されたマルチメディア・コミュニティである。各地区間は、高速道路網、鉄道網、空港で接続される。

サイバージャヤ
サイバージャヤは、「未来のマルチメディア都市」で、東隣には新首都プトラジャヤが位置し、プトラジャヤとツインシティーをなす。いずれ、世界のマルチメディアの実験場となり、2020年までには世界の先端ハイテク企業500社が操業し、アジア太平洋地域のハブになる予定である。

ここでは、マルチメディア関連の高度な技術を扱う研究開発拠点とリゾート・アメニティ施設群が同居する。予定人口24万で、面積は7000ヘクタールである。最新の電気通信インフラ、テレメディスン・センター、自然と調和をめざした広場・公園、インターナショナルスクール、マルチメディア大学などの世界1級の都市インフラを軸に構成される。また、生態系との調和を重んじた世界水準の無公害都市を目指している。注)サイバージャヤ
サイバージャヤの企業地区は、世界初のIT、マルチメディア産業専用開発地域である。最小区画単位でも、1ヘクタールある。商業地区は、緑に囲まれたトロピカル・ガーデンで、ショッピング・モール、広場からなる。住宅地区は、1ヘクタール20棟におさえられ、丘の上や湖面の邸宅、コンドミニアムなどバラエティに富む6つの居住区、数多くの緑地で構成される。公共・レクリエーション地区は、サイバーパーク、都市の森、熱帯公園、プロムナ-ド、都市の森、熱帯公園、マルチメディア・テーマパーク、テレメディスン・センターからなる。
交通の便にも恵まれ、車でクアラルンプールから20分、クアラルンプール空港から30分、主要港のクラン港からは1時間のところに位置する。市の北、西、南を高速道路が走る。
サイバージャヤの「ジャヤ」とは、サンスクリット語で「勝利」のことで、サイバージャヤとは「勝利の電脳空間」という意味である。MSCの成功への熱い気持をこめてなづけられたのであろう。
1997年5月に内外の関係者1000人の列席のもとに、盛大に起工式がおこなわれた。注)サイバージャヤ

MDC(マルチメディア開発公社)

サイバージャヤにあって、MSCの開発と運営にあたるのが、MDC(Multimedia Development Corporation、マルチメディア開発公社)である。MDCは、MSCの総元締めというわけである。注)MDC 1996年6月、政府の出資、支援のもとに設立された。MDCの目的は、「世界をリードする環境を作り」「世界レベルの先端企業を誘致し」「強い権限のもと簡便、効率的な運営をおこなう」ことである。
企業側としては、MSCの地位を得るためには次の3条件を満足させなければならない。
マルチメディア製品、サービスの開発者又はそれらを広範囲に用いる使用者であること。知識をもった技術者をかなり多数雇用すること。MSCの発展とマレーシア経済にどのように技術移転するか又は寄与するかを明確化すること、である。
1998年7月23日現在で、「147社がMSCステータスを認められた。そのうち、22社はマレーシア企業である」とのことである。注)モギー エネルギー・通信郵政大臣、Sun, 1998-7-23

マルチメディア大学
サイバージャヤの中に設置されるマルチメディア関連科目をメジャーとする世界で初めての大学で、マルチメディア、IT、次世代テクノロジーに関する高等教育や研究をおこなう。米国スタンフォード大学の周辺にシリコンバレーが形成されたように、マレーシアにも産学共同によるハイテク産業育成地区を設けようというものである。シリコンバレーと違うところは、シリコンバレーが自生的であったのに対して、サイバージャヤは計画的であることである。
学部レベルでは、次の5学科から構成される。Computer Engineering、Electical Engineering、Electronics Engineering、Multimedia Engineering、 Telecommunications Engineering
98年9月に第1期生2000人が入学する予定である。注)マルチメディア大学 英語名は、Multimedia Universityであるが、マレーシア名はUniversiti Telekom(電気通信大学)である。

新首都プトラジャヤ
新行政首都プトラジャヤは、予定人口25万の先端技術を駆使した総面積の3分の1は緑が占めるというインテリジェントなガーデンシティーで、世界初の電子政府となる。ペーパーレス行政を目指し、国民と企業に効率的なオンラインサービスを提供する。プトラジャヤ内のオフィスと家庭は、光ケーブルを通して各省庁、商業、文化、スポーツ、レクリエーション施設施設につながり、Eビジネスも可能である。
本1998年中には、首相府がプトラジャヤに移転する。その後クアラルンプールに点在する政府省庁が相次いで移転し、7000人の公務員や家族を含めた大規模な引越しがおこなわれる。プトラジャヤの建設によって、現在の首都KLは、商業都市に特化されることになる。
プトラジャヤとは、サンスクリット語で「勝利の子」を意味する。マレー人優遇政策が「ブミ・プトラ(大地の子→地生えの人間→マレー人)政策」とよばれることを勘案すると、ここでの「子」は、「マレーシア人」をさしているのではなかろうか。

クアラルンプール・シティセンター(KLCC)
クアラルンプール・シティセンター(KLCC)は、MSCの北端部を担う。ここはクアラルンプールの中心に位置するインテリジェントな商業、レクリエーション・娯楽、ショッピングセンター地区である。広大な公園の中に、世界一のペトロナス・ツインタワー・ビルをはじめとするインテリジェントビルが立ち並ぶ。インフラには、最先端の情報通信装備が備えられる。

クアラルンプール国際空港
クアラルンプール国際空港(KLIA、 Kuala Lumpur International Airport)は、MSCの南端に位置する。本98年6月に開港した。KLIAの特徴は、規模の大きいこととハイテクを駆使していることである。総面積は1万ヘクタールで、成田空港の10倍の広さがある。最終的には、4000メートルの滑走路4本(成田は2本)を有する世界最大級の巨大空港となる。年間2500万人の利用者を見込んでいる。 。
自然とハイテクの共生のコンセプトが取り入れられており、森の中の空港といった感じである。ガラス張りの壁面からは、緑豊かな自然を臨むことができる。注)空港
このKLIAは、アジア地域のハブ空港になるべく突貫工事で建設された。開港を急いだのは、1998年9月クアラルンプールで開催のコモンウェルス・ゲームにあわせることが国家目標であったからである。注)コモンウェルス・ゲーム
現在アジア各国では、空港建設計画が進行中である。

KLIAは他国に先行する形で、ハブの座獲得へ第1歩を踏み出したといえよう。世界の国際旅客需要は、21世紀初頭には8億人になり、その半分がアジアと推定されている。「ビジョン2020」を実現する上でも、また国家収入の第2を占める観光収入を得るためにも、ハブの座を確保する経済効果はきわめて大である。

MSC企業への10大優遇措置
MSC内の企業には、MSCステータス(資格)が与えられ、法人税・所得税の減免、外国人技術者の雇用の自由、100%外資の現地法人の認可、インターネットの無検閲など10項目の優遇措置を提供される。この優遇措置は、マレーシア政府が有資格企業の育成、発展に強くコミットしていく決意を表すものといえよう。次に、この10大優遇措置を掲げる。
1 世界クラスの物理面、情報面でのインフラを提供する。
2 知識労働者の雇用には、外国人であっても、制限を設けない。
3 MSC企業の資本は、100%外資でもよい。
4 MSCでのインフラ整備のため、資本やファンドを世界のどこからでも調達してよい。
5 最長10年間の所得税免除、投資税額やマルチメディア機器輸入関税の免除を実施する。
6 知的所有権、サイバー法において、アセアンのリーダーとなる。
7 インターネットの検閲は行わない。
8 電気通信料金は、世界的に競争できるように(低額に)設定する。
9 MSCを地域ハブ(アセアンの中核)にする企業には、MSCの主要インフラへの契約権を優先的にあたえる。
10 強力な執行機関MDCを設置し、ワンストップ・ショップ(窓口一本化)を展開する。

7つの基幹プロジェクト
MSCには、7つの基幹プロジェクト(Seven Flagship Applications)があり、「マルチメディア開発推進型プロジェクト」と「マルチメディア環境提供型プロジェクト」に2分類される。注)基幹プロジェクト
「マルチメディア開発推進型プロジェクト」とは、マレーシアの社会システムや技術基盤をマルチメディア技術を駆使して変革しようとするもので、参加企業に具体的なビジネスチャンスを提供するものである。「電子政府」「スマートカード」「スマートスクール」「テレメディスン」がこれにあたる。これらのアプリケーションが、1カ所に集められたのは世界ではじめてのことである。
「マルチメディア環境提供型プロジェクト」とは、マルチメディア技術の開発者、利用者に最適なビジネス環境(マルチメディアの理想郷)をつくりだすためのプロジェクトで、「研究開発拠点群の形成」「国際的生産網ハブの形成」「グローバル・マーケティングの実行」のことである。以下これについて概述する。

1 電子政府(ペーパーレス化)
電子政府のコンセプトは、マレーシアの社会構造を根本的に変えようとするもので、行政をペーパーレス化するものである。ペーパーレス・オフィス化により政府内部間、政府と国民、政府と企業との関係は大幅に勘弁、効率化される。

2 スマートカード(多目的カード)
スマートカードは、国民ID、運転免許証、入国管理証、ヘルスカード、キャッシュカード、クレジットカード、預金カード、社員共済、投票登録、航空予約、学生カードなどを統合した世界で初めての多目的カードである。この1枚のカードで、日常の買い物から税金、年金などの支払い・受取りまでができるようになる。

3 スマートスクール(遠隔教育)
スマートスクールは、衛星通信や光ファイバーを利用して、キャンパス間や学校間で遠隔授業を双方向でおこなおうとするもので、マレーシアが製造業中心経済から知識産業中心経済へ移行するための鼎となるものである。授業方法、授業管理、外部連絡、学校間の連絡を、マルチメディア化することにより、教育制度そのものを改革し、情報時代を担える人材を育成することを目的とする。2010年までには、マレーシアのすべての小学校7000校と中学校1500校をオンライン化する。

カリキュラムは、思考、言語、価値に重点が置かれ、自分のペースで学習し、自らが方向決定できるようなものとする。教師は「知識の提供者」から「学習の援助者」になるように、ハイテクとハイタッチ(人間的な温かみ)を備えた存在となるようにする。注)大前 デジタル・ウォーズ -日本の転機- NHK出版編 「マレーシアのスーパーコリドー計画」 大前研一) 教科書は、マレー語、英語、科学、数学が全面刷新される。

4 テレメディスン:遠隔医療
テレメディスンは、国内の医療施設をネットワーク化し、遠隔診療をはじめ医療情報、病気予防、生涯健康計画といったサービスを提供する。健康管理意識を高めることを最終目的とする。家庭から直接アクセスできるので、迅速で低コスト、一度に大量の対応ができる。
注)マハティールは医者

5 R&D(研究開発)群の形成
R&D(Research & Development、研究開発)群は、世界の最先端企業、研究機関、大学が連携を深め、次世代のマルチメディア技術を開発するために形成される。そのためには、最先端マルチメディア企業の研究開発センター、外国企業・大学と国内企業の共同研究開発センター、国内研究開発センターなどを35カ所以上設立する。
大学に関しては、マルチメディア大学は、MSC内の研究開発センターに人材を補給するために設立され、1998年末には運営が開始される。MSC周辺には、プトラ・マレーシア大学、マレーシア国民大学、MARA工科大学、マラヤ大学、テナガ国民大学、テレコム・マレーシア大学、マレーシア工科大学マレーシア科学技術大学がある。
その他の研究開発施設としては、MIMOS (The Malaysian Institute of Microelectronics Systems、マレーシア電子情報システム研究所)、TPM (The Technology Park Malaysia、マレーシア技術パーク)がある。

6 国際的生産網ハブの形成
国際的生産通信網拠点とは、MSC内に設けたハイテクオペレーション製造業や製造サービスのハブのことで、ここから国内外の事業拠点を遠隔操作で一元管理し、R&D、設計、生産、流通をおこなおうとするものである。マレーシアの最終的なねらいは、アジア地域の企業の活動拠点をMSCに誘致することにあるある。

7 グローバル・マーケティングの実行
グローバル・マーケティングとは、MSCを拠点とするテレマーケティング、オンライン情報サービス、Eビジネス、デジタル放送のことである。マルチメディアによるグローバル・マーケティングが、マレーシアで有利なのは、次の理由による。
デジタル署名をはじめとするサイバー法が整備されていること。
MSC内の衛星通信を利用すれば、アジア太平洋の2500万にアクセスできること。
英語、マレー語(マレーシア語、インドネシア語)、中国語、インド語(タミール語)に精通するマルチリンガルな人材を低コストで利用できること。

MSCのインフラストラクチャ
MSCは、以下のようなデジタル化した国際的水準の大容量次世代通信インフラストラクチャを、20億ドルを費やして備える。これにより、世界各地と情報、製品、サービスを交換することができる。

光ファイバー通信網
MSC内に光ファイバー通信網を埋設する。光ファイバーは、最速10ギガビット/秒の伝送速度を有する。バーチャル役員会議、遠隔操業、マルチメディアインターネットの生放送などに対応できる。

大容量直接光ファイバー通信
アセアン、日本、米国、欧州など世界中の目的地と接続し、製品やサービスの自由かつ迅速な流れを保証する。

オープン・スタンダード、高速スイッチング、マルチプロトコル
これらは、マルチメディアプリケーションの開発と実行にパワーと柔軟性を与え、ATMやSDHなどの新技術への移行を円滑に進める。

地域衛星通信サービス
アジア太平洋の広範囲な地域に電気通信、放送、データサービスをおこなう。さらにVSAT(Very Small Aperture Terminal 超小型衛星通信ターミナル)利用の音声・データ・ビデオの統合サービスもおこなう。

無線通信その他の付加価値サービス
MSC内では、携帯電話、データ通信サービス、インターネット・ゲートウェイ・サービス、CATVが利用できる。

統合管理システムの構築
ネットワーク全体の信頼性をたかめるために統合管理システムを構築する。

迅速な対応
電話の設置は24時間以内、ATM回線は、5日以内に設置される。

国際競争力のある通信料金
基本ネットワークサービスについては経済的な定額料金制、付加価値ネットワークサービスについては、競争力のある料金を設定する。

サイバー法
サイバー法は、社会、商取引、技術など考えられるすべての分野について、企業の利益や市民の権利を保護するために制定された。これらの法は、投資家に安心感をあたえ、投資家を保護する意味合いが強い。注)本

デジタル署名法
Eビジネス(Electronic Commerce、EC、電子商取引)を円滑におこなうため、デジタル契約、デジタル署名、サイバー決済、知的所有権保護を法的に認知する。これにより、デジタル署名は、手書きの署名と法的に同等となり、Eビジネス(電子商取引)や裁判にも電子署名が広範に用いられるようになる。

コンピュータ犯罪法
サイバー詐欺、無許可のアクセス、通信妨害、コンピュータの不正使用を対象とする。法執行機関は、職域の範囲内で、通信傍受権を特別に付与される。マレーシア警察庁にコンピュータ犯罪部門を設置する。

著作権改正法
マルチメディア作品の著作権を保護したり、デジタル送信の法的ステータス、マルチメディア作品の利用の仕方を規定する。世界知的所有権機関(WIPO)の最新の条約を援用して制定された。

テレメディスン(遠隔医療)法
遠隔医療資格者の認定や、誤診などに対する法的義務を規定する。

電子政府法
マルチメディアを活用した公共サービス、市民の秘密情報の保護、市民の情報の政府との共有を対象とする。電子政府法は、MSC計画の基幹プロジェクトの一つである。

マルチメディア・通信法
既存の電気通信産業の効率化をはかり、新たなIT産業やマルチメディア・サービス産業の発展を目的とする。現行の電気通信法・放送法を簡素化するとともに、双方向オンラインサービスに関する規定を設ける。

なお、」上のサイバー法を作成したり、調停したりするためにアセアン サイバー法研究所兼サイバー調停機関を設置する。この機関は、将来のサイバー世界を射程において、サイバー法を作成するセンターである。またアセアン諸国と協力し、域内サイバー法センターになるよう計画されている。

国際諮問委員会
国際諮問委員会は、世界先端企業のトップからなる強力な委員会で、世界最良のマルチメディア環境を実現するための戦略的課題を提供したり、MSCのビジネスが成立しうるような計画を策定したりする。議長は、マハティール首相が直々につとめる。メンバーは、34名より構成されハイテク業界の首脳人も名前を連ねている。注)外国人 日本人委員も多く8名を数える。注)日本人委員
MSCには、日本企業も積極的にかかわっている。筆頭はNTTで、MSC計画のマスタープラン作成段階から参画している。規制の多い日本ではできないことを、やってみようというわけである。注)NTT

今後の課題と展望
以上、マハティール首相の提唱したMSC計画をみてきたわけだが、世界情勢、マレーシアのおかれた情勢を認識すれば、MSCの計画は唐突なものでないことがわかる。しかし、まだ克服すべき課題も多くある。考えられる問題点、課題、展望を次に示したい。

マレーシア、およびMSCの特徴@は次の通りである。

安定した経済成長をしている
マレーシアのこの10年間の国内総生産(GDP)の生産性の伸びは、8%以上である。また、経済は5カ年計画により、政策の継続性が保証されている。「マレーシア株式会社」のコンセプトのもと、民間企業を育成し、工業成長を続けてきた。。現在マレーシアは、一次産品の生産から、ハイテク産業、知識産業へとシフトを移している。昨夏の経済危機もいずれ近い内にクリアするであろう。

インフラが完備している
MSCは、マルチメディアの理想郷をめざしているだけにあらゆるインフラが完備しており、MSC内ですべてが調達できる。最近整備したインフラには次がある。新南北縦貫高速道路、クアラルンプール・シティセンター、クアラルンプール新国際空港、電気通信タワー、シンガポールへの第2架橋、高速鉄道、コモンウェルスゲーム用選手村、東西幹線道路。

政治的に安定している
1957年に独立して以来、41年間政治は安定している。挿入

囚われるべき因習や規制がない
MSCは、規制の多い先進国よりも、開発された先端技術をすぐに活用するにふさわしい場所である。「産業革命がイギリスで起こりながら、花開いたのは新興のアメリカであった」注)マハティールのスピーチ) 独立して41年にしかならない新興工業国マレーシアには、囚われるべき旧秩序や歴史がなく、新しい考え方を実践する意欲と能力がある。ワンストップショップMDCは、マハティール首相が直接関与し、「スピードと大胆さ」が売り物である。
日本のカラオケ、ゲームソフト、アニメが高い評価を受けるようになったのは、規制を受けずに独自路線を歩んだからである。

インターネットが無検閲である
MSC内では、インターネットは無検閲である。情報通信産業は、情報の公開、言論の自由といった自由の多い土地を選ぶものである。この点、インターネット規制のあるシンガポールより、はるかに有利である。 注)インターネットの無検閲

コスト面で有利である
国際競争力指標によると、マレーシアは魅力的な海外拠点となっている。40カ国以上から3000社以上が進出している。経済上の自由主義政策、整備されたインフラ、低コストの不動産価格、賃金も利点となっている。

生活が健康、快適である
マレーシアでの生活は、インフラ、自然、スポーツ・レジャー施設、国民性の点から見ても、快適である。首都にも近い。注)生活の質

戦略的に重要な位置にある
急成長地域東南アジアの中心に位置し、大市場のインド、中国、インドネシアに近い。歴史的にも貨物集散地として栄え、現在でも主要な航空、海運の拠点になっている。マルチメディア・センターとしてばかりでなく、貿易、投資、観光の地にも適している。

多文化、多言語、多民族環境(国際的)である
マレーシアは多民族国家で、アジア域内の多くの国と共通の文化的基盤を有する。マレー系、中国系、インド系がそれぞれ独自の民族的、文化的、宗教的ネットワークを世界中にもっている。英連邦の一員でもある。また、イスラム国家なる故に、イスラム圏との交流も深い。言語もマレーシア語(インドネシア語と同系統で、インドネシア語が米語、マレーシア語が英語にあたる)、英語、中国語(北京語、福建語、広東語)、インドのタミール語などがおこなわれている。2000万の人口のうち、42%は15~39歳である。

マレーシア語がローマ字表記である。cf.拙
マレーシア語は、ローマ字表記されるので、小学校1年生でも、ローマ字になじんでおり、マルチメディアの時代に適している。@

社会改革、教育改革ができる
マレーシアを情報立国にする過程で、国民の意識を変革し、マレーシアの社会や教育を改革する大きな契機とすることができる。マハティールがMSC計画を主導しているのも、国家や国民の改革の絶好の手段と考えているからである。

地元企業やマレーシア人は先端知識を習得できる
地元企業やマレーシア人は、世界先端企業から多くを習得できる。

MSC計画は、アメリカ中心体制打破の重要プロジェクトである

以上に反して、マレーシアのMSC計画はかけ声倒れに終わるのではないかという声も聞かれる。考えられる危惧は、次の通りである。

外国企業への依存度が高すぎる
マルチメディア外国企業への依存度が高すぎることから、マレーシア企業が外国企業から進んで得ようとしないと、MSCは外国企業に支配されるのではないか、との危惧がある。

国内の人材が不足している
ハイテク産業を支える国内の研究者、技術者といった人的資源に、甚だしく乏しい。このため、外国人専門家の雇用の自由といった措置が設けられたり、大学などの教育、研究機関が設立され専門家の育成が図られる予定であるが、まだまだ不十分である。

パソコン、電話の普及率が低すぎる
一般家庭のパソコン保有率はまだ5%にも満たず、首都圏でも10%にすぎない。電話の普及率も低く注)、インターネットへの接続率も低い。注)都市と田舎の落差も大きく、東海岸のクランタンやトレンガヌでは、パソコンの世帯普及率は、0%に近い。
学校教育でもコンピュータ教育は、かけ声だけに終わっていて、遠隔教育をやろうにも、コンピューターを使える教師がほとんどいないのが実状である。
インターネットのダイヤル接続も、需要に供給が追いついていない。

公共福祉がなおざりになる
中低所得者向け住宅、公共交通機関、医療サービスなどは、政府財源に依存しているが、MSCなどのハイテクプロジェクトが優先されており、公共福祉がなおざりになる傾向にある。注)公共福祉

シンガポールと競合する
シンガポールは、マレーシアより古く、情報立国戦略をとっており、これにどう対抗するかは難題である。多国籍企業や研究開発拠点の誘致、英語の普及では、シンガポールは一歩先んじている。マレーシアが、インターネット無検閲をはじめとする規制のない自由な通信環境をうたっているのも、インターネット規制のきびしいシンガポールとの違いを強調するためでもある。注)シンガポールとの競合

経済の低迷時に、MSCへの投資は不適当である
昨年のアジア通貨の危機以来、マレーシアの経済も低迷を続け、外国からの投資も激減している。1998年9月のコモンウェルス・ゲーム以降は、リンギットは来年初頭までさらに下落するといわれている。
高率の失業率やリンギッド安の情勢において、6億リンギッドをマルチメディア・スーパーコリドーに費やすことは賢明なことでしょうか? 6億リンギッドは、農業、教育部門や地方に回すべきではないでしょうか?もちろん、食料の供給をまず第1にして」注)モハマド・サブ議員

おわりに
マレーシアの経済は、今年1杯は不良資産の出つくしをまち、1999年初頭以降回復基調になると思われるが、経済危機がさらに2年も続くようだと、かなりの手直しが必要になるであろう。
さらに、万が一マハティールが、投機資金の締め出しを狙って、株価、通貨、為替取引を規制するようなことがあると、経済の自由化、国際化に逆行するもので、海外投資家の信頼を失い、逆に株式、通貨の下落を加速し、海外資金が引き上げかねなくなり、同国経済の悪化に拍車をかける恐れがある。「マレーシア売り」は避けられそうにない。

新井:2020年計画は、中身を変更すればよい。→pace down。イスラム国家の見本となるような国造り。多民族国家の見本となるような国造り。


1 注)本稿を記すにあたっては、以下の方々にお世話になりました。記して、謝意を表します。
倉井武夫 東京国際大学教授および岡本秀之 国際通信経済研究所常務理事には、今回(1989年7月)の訪問国であるマレーシア、タイ、台湾のNTT関係の方々の紹介をいただいた。本田聆吉 東京国際大学教授には、同行していただき数々の示唆をいただいた。
マレーシアにおいては、堀田明男 NTT MSC社長、斉藤俊彦 NTT MSC マネージャー、鈴木教弘 NTT MSC副マネージャーにお世話になった。
また、タイでは、木村憲一 NTTバンコク事務所長にお世話になった。
台湾においては、趙昌平 中華民国監察員に数々のご高配をいただいた。Institute for Information Industryでは、President: Kuo Yun, Vice President: David W. Lee, Director: Gary Gong, Manager: Stanley C. Wong,  Wei Lian Lai, Pauline Chenの方々に、Ministry of Educationでは、Director of Computer Center: Lih-Shyang Chen, Al Wu, Science Park Administrationでは、Director General; Kung Wang, Manager: Gial Lin, Section Chief: Tony Fangに、さらに角谷三好 NTT台北海外事務、石井宏昌 NTT台北海外事務所次長にお世話になった。
日本では、新井卓治 マレーシア協会専務理事、竹内史尚 東京国際大学院生の諸氏のご協力を得た。
2 本稿は、1998年度東京国際大学共同研究『ニューメディア普及発展段階の比較研究:アメリカ・日本・台湾・タイ・スリランカ』(桑原政則、本田聆吉、花田康紀)の一部をなすものである。
3 注)立花
4 注)マハティールの著書
5 注)「ビジョン2020」
6 注)マハティール、97年4月訪日の講演)
7 注)設立の経緯 MSCの計画は、1994年10月にマハティール首相と大前研一氏の間で生まれたといわれる。その約1年後新行政首都 プトラジャヤ建設発表の時、首相が正式にMSC計画を発表した。この超巨大プロジェクトの構想から、開始までが異常に迅速なのは、若い国マレーシアだからできたといえよう。日本の首都機能分散が遅々として進まないのと、対照的である。
その後マハティールおよびマレーシア政府は、MSC計画実現へ向けて精力的な行動を開始した。その経緯は次の通りである。このマレーシアの呼びかけに対して、世界の先端企業が協力を表明し、MSC計画は全世界を巻き込んだ壮大な実験へと成長している。

1996年5月:
マハティール、日本を訪問、NTT主催の「マハティール首相を囲む『マルチメディアセミナー』」で講演し、日本の先端企業のMSCへの進出を呼びかける。
1996年6月:
マイクロソフト本社にビル・ゲイツを訪問、マイクロソフト東南アジア地域本部をMSCに開設することに合意。
1997年1月:
120名のミッションを率いて、シリコンバレーで会議を開催、専門家の質疑に首相自らが答え、参加者に感銘を与える。サン・マイクロシステムズ、オラクル、ヒューレット・パッカードがMSC参加を決定。
1997年5月:
ヨーロッパの先端企業を訪問。ブリティッシュ・テレコム、シーメンス、ロイターがMSC参加を決定。
1997年11月:
東京で第7回マレイシア総合セミナーとして、「アジアの情報開発~高度情報化時代を考えるシンポジウム~」開催、マルチメディア開発公社のアリフ・ヌン理事長が基調講演。
1998年3月:
マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長が、マレーシアを訪問、マレーシア閣僚に「政府業務の電子化システム」に関し講義。
1998年9月(予定):
コモンウェルス・ゲーム開催。クアラルンプール新空港を内外へアッピール。
1998年11月(予定):
アジア太平洋経済協力会議(APEC)非公式首脳会議はMSC内でも開催予定。MSCの@
8 注)サイバージャヤ 筆者が訪れた1998年7月段階では、マルチメディア開発公社事務局と隣接のホテル、建設中のマルチメディア大学のほかは、砂利地部分と延々とヤシとゴムのプランテーションの丘陵地が広がるばかりであった。1999年には一部完成の見通しで、いずれ「森の中の都会」を作り出すと関係者は言う。
9 注)MDC URL
10 注)モギー エネルギー・通信郵政大臣、Sun, 1998-7-23
11 注)マルチメディア大学:98年9月に第1期生2000人が入学する予定であるが、筆者の訪れたときは、まだ建設初期でマレーシア人関係者も、この地で9月に開校するのはとうてい無理だとのことであった。
12 注)クアラルンプール国際空港:この空港の設計者は、「共生の思想」の黒川紀章である。URL:この空港は、クアラルンプール南方のスバンにあるが「クアラルンプール国際空港」とよばれる。「新東京国際空港」が、千葉県の成田にあるのど同様である。
13 注)コモンウェルス・ゲーム:第16回コモンウェルス・ゲームは、1998年9月11日から10日間、68カ国から選手、関係者ら6000人の参加の下におこなわれる。加盟国にとっては、オリンピックやサッカーのW杯と並ぶ国際的スポーツの祭典である。メンバーは、かつて大英帝国に所属していたが、その後独立した国家、地域で構成される。人口の総計では、世界の4分の1を占める。こんなところにも、マレーシアの国際性を看取できる。4年に1度のペースで開かれ、過去15回は、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが主開催地であった。アジアではアジアでは初めての開催である。KLIAの開港は、これにあわせることが国家目標となった。
注)空港建設計画
Tabで整理
国名 面積
ヘクタール 滑走路 開始
マレーシア 10000ha 4000m 4本
香港 1670 ha  3800m 2本
中国、上海 4000 ha 4000m 4本 1999年
タイ 3200 ha 3700m 4本 2000年
韓国 4744 ha 3750m 4本 2000年
日本、名古屋 800 ha 4000m 2本 2005年
14 注)基幹プロジェクト MDC用語では、Flagship Applicationという。MDCの説明文は、technical termや、imaginaryな言い回しが多く、情報技術にうとい人の理解を越える場合が多い。またマーケティング戦略のためかmanagerial façadeが施してある(本田聆吉教授の弁)。MDCの出版物を読んでも、ビジョンや内容が不分明だという人が多い。
15 注)マハティールは、医学博士で、開業医の経験があるので、特に医療には力を入れている。
16 注)国際諮問委員会の外国人委員:委員会に名を連ねる主な先端企業のトップは、次の通りである。
    Larry Ellison, Oracle Corporation
    Scott Mcnealy, Sun Microsystems
    William Gates, Microsoft
    Eckhard Pfeiffer, Compaq Computer Corporation
    Lewes Platt, Hewlett Packard
    Gary Tooker, Motorola inc.
    Louis Gerstner Jr., IBM
    Gilbert Amelio, Apple Computer
    Peter Bonfield, British Telecom
    Jur Heinrich von Pierer, Siemens Corporation
    Stan Shih, Acer Incorporated
18 国際諮問委員会の日本人委員:次の8氏である。
出井 伸之 ソニー
児島 仁  日本電信電話公社
公文 俊平 国際大学
宮脇 陞  前日本電信電話公社
大前 研一 大前アソシエーツ
関本 忠弘 日本電気
関沢 義  富士通
孫  正義 ソフトバンク
19 注)NTTのかかわり:
1997年5月、サイバージャヤの国策デベロッパーであるサイバービュー社に資本参加(約27億円、株式の15%)。
1997年9月、全額出資でNTT MSC社(資本金約11億円)を設立。幅広いマルチメディア通信ソフトの開発を手掛けていく。
1998年末、サイバージャヤに研究所を建設(約20億円)。サイバージャヤの都市開発、MSC地域内の情報通信システムの構築、研究所の設立、R&Dへの協力、マルチメディア大学への協力、その他のインフラ作りへの協力。電子政府、遠隔医療、多目的ICカード導入などの応用プロジェクトにも参加予定。社員は1998年7月現在、日本人40人、マレーシア人55人である。
20 注)インターネットの無検閲:マレーシアは議会制民主主義を貫いているが、まだ民族問題などについて一部には言論の統制もある。インターネットを無検閲することにより、外国からの批判が、国内に入ってくることも考えられる。イスラム原理主義の反政府活動も予想される。それ故、これは大胆な思い切った政策である。しかし、これを契機に、情報の統制をはずすことにより、マレーシアが成熟した近代民主主義国家として発展する可能性がでてきたともいえる。
21 注)生活の質:クアラルンプールに近いと言っても、東南アジアの常として、音楽、映画、絵画などの芸術では、みるべきものが少ない。映画もイスラム国だけに検閲がきびしく、プロットがわからなくなるほど、カットされたりする。
22 注)公共福祉:マレーシアでは、都市開発や住宅道路開発に住民が関与する機会があたえられていない。したがって、住民はMSC計画や巨大な都市開発に、最初から関与していない故、このような意見は貴重である。実際、外国への鳴り物入りのプロパガンダにもかかわらず、筆者が宿泊したホテル関係者(ホテル・マラヤ)やタクシー運転手たちも、MDC、MSC、サイバージャヤ、プトラジャヤについて初耳であり、タクシーの運転手も3回も道を間違えた。1998年発行のMap of Malaysiaにも、MSC、サイバージャヤ、プトラジャヤの記載はない。
23 注)シンガポールとの競合:現状では、シンポジウムが1歩リードしており、マレーシアはシンポジウムの物まねとの酷評もあるが、進出企業にとっては、両国の競合により、ビジネスチャンスはさらに増す。また、両国にとっても世界的な競争力をつけるためのよい刺激になる可能性の方が高い。
24 注)PAS(汎マレーシア回教党)のモハマド・サブ議員Sun, 1998-7-23

参考文献
拙のマレーシアNTT宛イーメール
立花隆『「マルチメディア社会」先の先を読む 』97-10-24、国際シンポジウムInfo-Tech97での講演。
伊東俊太郎・安田喜憲編『草原の思想・森の哲学』講談社、1993
奥野卓司『情報人類学』ジャストシステム、1997
坪内隆彦「ワワサン2020への挑戦」『月刊マレーシア』98‐4
「第7回マレーシア総合セミナー報告」『月刊マレーシア』98‐2
坪内隆彦『アジア復権の希望 マハティール』亜紀書房、94‐9
モハマド・マハティール『マレー・ジレンマ』勁草書房、1983
Mahathir Mohamad, Excerpts from the speeches of Mahathir Mohamad on the Multimedia Super Corridor, Pelanduk Publications, 98-2
Mahathir Mohamad, The Challenge, Pelanduk Publications, 1986
Johnston, David; Handa Sunny & Morgan Charles, Cyberlaw: An in-depth guide to the often turbulent, increasingly profitable confluence of business, the internet and the Law, Pelanduk Publications, 98
Ibrahim Ariff, Goh Chen Chuan (compiled and edited by), Multimedia Super Corridor: What the MSC all about, how it benefits Malaysian and the rest of the world, Leeds Publications, 98-6
Hng, Hung Yong, CEO Malaysia: strategy in nation-building, Pelanduk Publications, 98

URL(ホームページアドレス)
MDC, http://www.mdc.com.my/mdc/index.html
MSC, http://www.mdc.com.my/
Multimedia University, MDC http://www.unitele.com.my/
NTT@
Star, www.jaring.my/star/ (Star紙)

 マレーシアに関する日本語URL(ホームページアドレス)には、次がある。マレーシア近隣のタイ、インドネシア、フィリピンなどより、質量ともに充実している。
日馬プレス http://www.nichimapress.com
ポータルアジア http://www.portalasia.com/index.html
アジアの声 http://www.iijnet.or.jp/asia/
マハティール・ウォッチ http://www.iijnet.or.jp/asia/inform/maha-j.htm


私は1982年から85年まで、マハティール首相の経済アドバイザーを努めた。

「地域国家(リージョン・ステイト)論」とは
「4つのC」が国境をまたぐということである。
第1に、コミュニケーション(情報)が国境をまたぐ。
第2にキャピタル・マーケット(資本市場)が国家をこえ自由に動くようになった。
それにともない、第3のC、すなわちカンパニー(企業)が国境を越える。
第4のCはコンシューマー(消費者)やシチズン(市民)だ。
結局、「4つのC」は国の振りかざさないコミュニティ(地域)に集まるようになり、世界の情報・資金・企業・消費者とがダイレクトにつながったシンガポール的地域国家が世界各地に誕生する。

マレー・ジレンマはマレー・ディライト、つまりマレーシアの歓喜に変わりうる。
なぜなら、他民族であるがゆえに、これから大発展すると思われる中国、インド、そしてインドネシアの三ヶ国と民族的にも言語的にもつながりを持つことができるからだ。これをうまく利用しつつ、知的付加価値への転換をはかり、情報のハブ&スポークス(交差点、要所)になれば成長は維持できる。

マハティール首相のEAEC構想とは
マハティール首相のEAEC構想とは、小国マレーシアが発言権を増そうとしてEAEC構想を提唱しているのではなく、世界の貿易システムに対する意志決定に影響力を行使する単位をアジアに広げようとしているだけだというのである。なぜ影響力が必要なのかというと、欧米市場の開放性と自由貿易を維持したいからだと説明する。

マハティール首相ほどアジアに対する日本の貢献を歴史的に正しく評価している世界の指導者はいない。
彼は、日本が第二次大戦中にマレーシアを占領していたことよりも、イギリスの植民地として長い間苦しんだことか諸悪の根元である、という発想がものすごく強い。日本は、なんだかんだと悪口は言われているけれども、技術を与える、企業進出をする、教育をする、金も落とす、そういうありがたい存在だといってくれているのだ。

ブミプトラ政策
マレー人優遇政策=職業や教育の面での陣国に応じた割当制度、宗教面におけるイスラムの優位、教育のマレーシア語化などを実施

「ビミプトラ政策は一定の成果が出た段階で廃止し、マレーシア人をすべて平等に扱うようにしないと、これからの競争に勝てない」

このままブミプトラ政策を継続すれば、結局はマレー人に傲慢と怠慢を生む。常に中国人が犠牲になるという状況はフェアではない。

アメリカ的民主主義とアジア的独裁
我々の発展段階は30年遅れているので、現在の西欧の価値体系を採用しても、彼らに追いつくことはできません。
欧米の過ちは、ただひとつの文明、ただひとつの価値体系しかないと考えていることだと思います。

フランシス・フクヤマ氏が言うような意味の「家父長的な権威主義」「ソフトな権威主義」について、マハティール首相はある程度肯定している。しかし、本来、時間軸をおくか、一人当たりGNPという指標で肯定すべきである。
しかし、シンガポールのように1万4000ドル経済になっても、まだいろいろなことを規制しているのはよくない。3万ドルになってもまだ中央集権と権威主義、許認可規制を続けてきた日本がおかしくなったのと同じように、マレーシアもどこかで自由化に向かわざるを得なくなるはずだ。
私は国の発展段階によって、政府と民間、あるいは政府と地方との役割は変わってくると考えている。

ただし、マハティール首相が正しいと思うのは、欧米が30年先を行く経済社会を持っているからといって、彼らの価値観をマレーシアに押しつけるべきではないと言っている点だ。アメリカは、世界中に民主主義をばらまこうとしているが、どんな国でも投票によって指導者を選べばよくなると言うのは幻想である。

会社を成長させていく方法は、いくつもある。仲良し5人が集まり、ワイワイガヤガヤと民主的にうまく持っていく方法、または、一人の強いリーダーがビネボラント・ディクテーター(慈悲深い独裁者)となり大きくなるまで持っていくというものもある。その後、そのまま独裁や同族支配が続いてつぶれる会社もあれば、同族支配がゆえにうまくいく会社もある。大切なことは、その発展段階になにがもっとも適しているのかを見つけることである。

情報集約型産業
情報集約型産業の例としては、CAD – CAM(コンピュータ支援による設計・製造)、国内で組み立てるための主要部品の製造がありますが、ワークステーションやサーバー、ネットワークの利用もひとつの可能性である。ネットワークを通じて、金融・保険・法律・会計に関する専門的サービスを世界中に提供できます。

『ニュー・ストレイツ・タイムズ』にも『バンコク・タイムズ』に載っているような情報をいくつか転載してほしいものです。『バンコク・タイムズ』には、ミャンマーやカンボジア、ラオス、ベトナムに関する情報がはるかに多く含まれているからです。これがマレーシアではあまり得られない。


坪内
イギリスの植民地支配において、マレー系、中国系、インド系を中心とする民族の分断統治が固まり、中国系が経済を牛耳るいびつな構造が放置されていた。中国系との経済格差に対するマレー系の不満は極度に高まっていたにもかかわらず、1971年以前には、政府がマレー系を具体的に優遇するシステムは作られなかった。
1969年5月、不幸にも選挙後の些細ないざこざから、マレー系と中国系のあいだで人種暴動が発生、経済格差の是正なしに民族間の協調がありえないことが証明されてしまったのである。
マハティールは、ラーマン首相の無策の責任を追求、与党統一マレー国民組織(UMNO)から追放されたが、ラーマンはまもなく辞任、後を継いだラザクによってNEPが採用されたわけである。


ブミプトラ
NEPは「マレー人の貧困の撲滅」を主眼とし(1)貧困の撲滅、(2)社会の再編を目標として掲げた。マレー人優遇政策は、ブミプトラ政策ともいわれる。ブミプトラ(bumi peutra)とはサンスクリット語の「大地の子」という意味で、中国人、インド人のような移住民でなく先住民族、土着民族としてのマレー人を指す。植民地経済において、虐げられた土着民族の復権を目指した政策といっていい。
具体的方策としては、(1)ブミプトラと他の民族との所得不均衡の是正、(2)雇用構造の再編、(3)種族間の資本所有の再編、(4)ブミプトラ企業の育成――があげられた。
むろん、1971年のNEP採用によって、マレー系と中国系の経済格差はかなり埋まった。かつて、わずか2%ほどだったブミプトラの資産保有比率は、最近では18%まで伸びてきている。マレーシアとしては中国系の活発な経済活動を阻害することは避けなければならないということが強く意識されるようになった。
いずれにせよ、経済発展の土台となる政治的・社会的な安定の確保と民族間の協調促進のために、民族間の経済格差を埋めるという政策は大きく寄与してきたのである。

IMF
ロシアへの支援の失敗で、金融市場の最後の貸し手であるIMF(国際通貨基金)への信頼が揺らいでいる。経済危機克服のための画一的な処方箋に批判が噴出している。専門家からは、IMF限界説や廃止論もでている。
タイや韓国では、一定の成果を収めた。だが、インドネシアでは、失業者の増加などによる社会の混乱をまねき、性急で画一的なやり方に対する不満が噴き出ている。

マレーシアの外為規制
窮余の一策である。
津波のように入り込み、出ていく資金は経済運営をさまたげるとの不満は、新興成長諸国にくすぶっている。肥大化したマネーにとまどい、規制という誘惑に駆られ始めた。
アジアでは経常赤字拡大とバブルが通貨混乱の背景にある。
通貨の固定相場制への移行をして、国内経済を国際経済から遮断して、通貨を安定させ、経済危機を乗り越えようとした場合、かえって外国人を株式市場から閉め出し、外国資本が寄りつかなくなり、経済危機からの脱却はかえって難しくなるおそれがある。

マレーシアの現状
1998-7-31現在34万のインターネット受信者。2000年までには、100万人。Sun,1998-7-23
Eコマースは、昨年1600万リンギット、今年は8000万、2000年には14億に。Sun, 1998-7-24
2000年以降の成長率は、5-6%

マハティール略歴
1925    誕生(12月)
1946    反マラヤ連合案の政治活動開始
1947    エドワード7世医科大学入学
1953    MBBS取得、医師として活動開始

1956    ハスマと結婚
1957    クリニックを開業
1964    第2回総選挙実施、マハティール下院で当選
1967    ハーバード大国際問題セミナーに参加
1969    第3回総選挙実施、マハティール落選
            クアラルンプールで種族暴動(5.13事件)
        マハティール、UMNO除名
1970    「マレー・ジレンマ」を出版
1972    UMNOに復帰
1973    マレーシア食品工業公社会長に就任
1974    教育大臣に就任
1976    副首相に就任
1981    首相に就任        ルック・イースト政策発表
1982    国際イスラーム大学の設立構想提案
1983    マレーシア株式会社構想発表
            民営化構想発表
            憲法改正案を議会に提出
1986    外資に関するガイドライン発表
            「挑戦」を出版
1987    党大会でマハティール・ガファール連合が勝利
            マハティール提唱の「南委員会」発足
1989    緊急入院
1990    南側サミットを主宰
            EAEG構想提案
1991    WAWASAN2020提唱
1992    第2回途上国環境相会議を主宰
1993    サルタン関連の憲法改正案提出
            APEC首相会議ボイコット
1994    クリントン大統領と会談


写真説明
1←3 マルチメディア・スーパーコリドー(MSC)内の新首都プトラジャヤ付近。なぜか警戒厳重で内部にも立ち入れない。
2←4 MSCの運営母体であるマルティメディア開発公社(MDC)の看板。まだ道路だけなので、知らない人も多い。
3←5MDCの本部。ショールームのようで、車も少なく、人影はまばら。
4←1マルティメディア大学遠景 筆者のうしろに下水管が見える。
5←2 マルティメディア大学 校舎もやっと形を見せ始めたところ。

Cyber imperialism チェンマイ大学の女子教授

大前研一『アジア人と日本人』小学館、1994