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ラーマーヤナは民衆のためのヒンドゥー教の聖典

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ラーマ王子、シーター妃。 左下は、ハヌマン。孫悟空の元 ラーマーヤナ(ラーマ王物語)は、BC4世紀頃つくられた叙事詩です。 平家物語のようにリズミカルな音律でうたわれます。 ラーマー王子が誘拐された妻のシーターをとりもどす話です。猿王ハヌマンも活躍します。 ラーマー王子はシヴァ神の化身です。 ヒンドゥー教の神々や信仰についての話しが多く盛り込まれているため、民衆のためのヒンドゥー教の聖典の働きをするようになりました。 ラーマーヤナはバラモン階級に独占されていた高遠なインド神学を無学な民衆にわからせる働きをしています。 ラーマーヤナは、東南アジアの劇、舞踊、影絵芝居、美術、彫刻に取り入れられています。 バリ島のケチャなどが有名です。 ラーマーヤナを知ると、東南アジア理解が深まり、地元の人から一目置かれます。 鎌倉時代の仏教説話集『宝物集(ほうぶつしゅう)』に、この物語が含まれています。 *     *     * インド文明を歩く  目次

アーリア人がインドを支配

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アーリア人の侵入経路 mysteriousworld.com ドラビダ人のあとにアーリア人がインドにやってきました。 アーリア人はインド・ヨーロッパ語族に属します。 インド・ヨーロッパ語族は、もともとウクライナあたりに住んでいて、 人口がふえるにつれ、拡散移住していったと考えられます。 ヒッタイト人、 ギリシャ人、 ローマ人、 ゲルマン人(ゲルマンなどのアングロサクサン人)、 ケルト人(アイルランド人など)、 アーリア人 などのいわゆる白人種(コーカソイド、Caucasoid)はいずれもインド・ヨーロッパ語族です。 インド・ヨーロッパ語族の人々のうち、 イラン、パキスタン、インドに入ったのがアーリア人(Aryan)とよばれます。 アーリア人はBC1500年から南アジア地域に移住を開始し、 BC500年までに北インドの全域を支配下に治めました。 その後もアーリア人の南進は続きドラビダ人との混血も進んでいます。 今ではインドでは北ほどアーリア色が強く、南へいくほどドラビダ色が強くなっています。 *     *     * インド文明を歩く 目次

ドラビダ人は、インダス文明の担い手

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モヘンジョダロの大浴場 ドラビダ人は、インダス文明の担い手だったといわれています。 インダス文明は、BC2500年からBC1500年にかけて栄えたモヘンジョダロ遺跡とハラッパ-遺跡で有名です。 ドラビダ人は北インドに住んでいました。 しかし、北からやってきたアーリア人に征服同化されました。 また南下しました。 南インドのドラビダ人は、アーリア文化の影響を受けながらも独特の高い文化を育ててきています。 モヘンジョダロ遺跡  *     *     * インド文明を歩く 目次

インド亜大陸はヒマラヤ山脈にぶつかってできた

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いんどインド亜大陸(Indian sub-continent)は、 南方洋上の パンゲア(Pangae)大陸 から分離・移動して、 ユーラシア大陸に衝突し、できたものです。 衝突してできたのが、ヒマラヤ山脈です。 ヒマラヤ山脈からは貝の化石が見つかるのはこのためです。 現在もインド亜大陸は北上し続けています。 インド亜大陸には、インド、パキスタン、バングラデシュ、ネパール、ブータンおよびインド半島の南東に位置するスリランカの7ヵ国が含まれ ます。 「亜(あ)」とは、「次」のことで、亜大陸とは準大陸のことです。 /町田和彦 現在もインド亜大陸は北上を続けていま す。