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八重の桜>若松県のはずが福島県に

明治政府は300ほどの藩を、県にまとめあげることにしました。 廃藩置県です。 官軍県は、藩都が県名になりました。 藩都・鹿児島のある地域は、鹿児島県になりました。 山口は、山口県に。 高知は高知県に。 佐賀は佐賀県に。 福岡は福岡県に。 藩都が広島、岡山、福井の県は、広島県、岡山県、福井県になりました。 賊軍藩は、別の扱いを受けました。 会津若松は、若松県になるのが常道ですが、 寒村・福島村に県庁を持っていき、     福島県 に、されてしまいました。 金沢も、金沢県ではなく、 小さな郡・石川郡から     石川県 に、されてしまいました。 盛岡は盛岡県にならず、     岩手県 になってしまいました。 仙台県になるはずの仙台藩も     宮城県 に、されてしまいました。 東北地方は、鉄道も不便で、病院も少ないです。 【cf.】司馬遼太郎

会津コラム。八重の桜

忠か情かの分れ目 会津の松平容保は京都守護職を引き受ける  白虎隊は「四神(ししん)」から 会津弁 八重の桜> 彰義隊は床几から   秩父宮雍仁(やすひと): 旧会津藩主系の勢津子を妃に 秩父宮勢津子: 会津と朝廷のかけ橋  若松県のはずが福島県に 山川健次郎:白虎隊から明治教育界の重鎮に 福島良一:新島八重は身をもって因習を打破 近藤勇:新しい日本を先取りした新選組の隊長 勝海舟:江戸城を無血開城 戦(いくさ)の天才・蒲生氏郷  山本覚馬は、新島八重の兄で、近代京都生みの親 山本覚馬・常に日本を見据え、戦い続けた不屈の会津藩士 #2 幕末のダ・ビンチ・佐久間象山 八重の桜 展: 八重の生涯   江戸東京博物館 新島八重はハンサムウーマン 新島襄は福沢諭吉、大隈重信とならぶ明治の教育家 西郷頼母(たのも):会津藩最後の家老 彰義隊は床几から 孝明天皇:幕末激動期の天皇。明治天皇の父  松平容保(かたもり):最後の会津藩主 戊辰戦争年表のページ 保科正之:会津23万石の藩祖、3代将軍・家光の弟 蒲生氏郷:戦(いくさ)の天才 あいづっこ宣言 天海僧正が出家した会津の龍興寺 天海、会津でうまれ11歳で僧侶に ◇                    ◆                    ◇ 「極上の会津」映像 会津弁)  【7】 会津食彩文化と体験旅  【6】 静寂の自然と湯巡り旅  【5】 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 桑原政則のコラム  Twitter(桑原政則のフェイスブック履歴)

天海僧正が出家した龍興寺

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会津美里町の龍興寺 会津美里町の龍興寺は、848年円仁(えんにん)が開きました。 遣唐留学生の円仁は、唐の龍興寺に地形が似ているということで同じ名前を付けたといわれています。   円仁は、川越の喜多院・中院、松島の瑞巌寺、山形市の立石寺、岩手県の中尊寺、青森県恐山の円通寺のなどをひらいています。 円仁:中院、喜多院 天海僧正 天海僧正の両親の五輪の塔 「天海大僧正350年××記念」 龍興寺の蓮池 2000年前の種から発芽した大賀蓮(おおがはす)も咲き誇ります。 龍興寺・筧光海住職 伊達政宗から天海僧正への手紙 伊達政宗から天海僧正への手紙 「国宝  一字蓮台法華経」の標柱 一字蓮台法華経(いちじ れんだい ほけきょう) 一字蓮台法華経のズームアップ 一字蓮台法華経は、災厄を乗り越え800年以上にわたり保存されてきました。 福島県にある3つの国宝の一つです。 一字蓮台法華経