投稿

ラベル(蓮馨寺)が付いた投稿を表示しています

蓮馨寺物語 目次

鎌倉時代に法然、親鸞が仏教を万人に開放   川越の蓮馨寺(れんけいじ)の創建は、室町時代   後北条って?   河越城代・大道寺政繁は、松井田城主も兼帯   蓮馨寺住職・存応への豊臣秀吉の朱印状が、 河越を戦禍から救う 蓮馨寺には2大藩の紋所が 蓮馨寺は18檀林の1   北条5代関係市町村   9市2町  火坂雅志『北条五代』を執筆   北条早雲  前編【11】 条早雲 後編 【15】

河越城代・大道寺政繁は、群馬県・松井田城主も兼帯。8月18日没 <川越の先人

イメージ
大道寺政繁。狩野興信(女浮世絵師)画。安中市学習の森にて。 2012/12 後北条の勢力図  (※) ・1533年~1590年8月18日没。57歳 大道寺政繁(だいどうじ まさしげ、1533- 1590、57歳没)は、河越城代(城主の代理)で、北条氏康・氏政・氏直の3代に仕えました。 「政」の字は氏政からもらったものです。 北条氏の主要な合戦で武功を挙げました。 坂戸市発展の基礎を築きました。 「河越」は江戸時代に「川越」となります。 蓮馨寺は、大道寺政繁の母・蓮馨大姉(れんけいだいし)が上尾市に創建したものを大道寺政繁が現在地に移したものです。 大道寺家は北条早雲以来の後北条氏の重臣です。 北条早雲(伊勢新九郎)に、伊勢時代から仕えていました。 1546年 、政繁の祖父、父は、 河越夜戦(かわごえよいくさ) で、上杉勢を敗北させました。 河越夜戦(かわごえよいくさ)は、日本3大夜戦のひとつです。 これにより太田道灌の築城より90年続いた上杉氏の河越城支配は終わりを告げました。 室町時代(1338- 1573)のことです。 大道寺氏は以来 1590年まで3代40年間にわたり河越地域を支配 します。 1582年(天正10)の本能寺の変ののち、後北条は関東北方支配を強化します。 大道寺政繁は河越城の城代を務めながら、松井田城(群馬県安中市)の城主を兼帯すろことを命じられます。 1590年は豊臣秀吉の小田原攻めの年でした。 大道寺政繁は、松井田城を守るも、前田利家、上杉景勝、真田昌幸に攻められ降伏しました。 同年、秀吉の命で自害しました。 北条びいきの徳川家康は、豊臣秀吉に懇願し、大道寺政繁の子供らを家康預かりの身としました。 大道寺政繁の長男は将軍・徳川秀忠に仕えることになります。 (※)北条5代 初代・早雲、2代・氏綱、3代・氏康、4代・氏政、5代・氏直 蓮馨寺物語 川越の蓮馨寺(れんけいじ)の創建は、室町時代 後北条って? 存貞、秀吉の朱印状が河越を戦禍から救う 蓮馨寺には2大藩の紋所が 蓮馨寺は18檀林の1   (※) http://www.geocities.jp/woodone3831/c-1-3-4-11-siro-od...

蓮馨寺は18檀林の1

イメージ
門柱:檀林  蓮馨寺 蓮馨寺は、徳川家康から葵の紋所を許された格式ある檀林で、殿様も、旗、槍をたおし目礼してから門前を通リました。 蓮馨寺(れんけいじ)の鐘は15時に鳴ります。 時は刻みません。 高らかに、18響きわたります。 「18檀林の鐘」です。 檀林(だんりん)とは、僧侶養成大学のことです。 檀林では、3年ずつ9期、計27年間修行します。 関東には18檀林あり、蓮馨寺も、大本山・増上寺とともに、一角を占めます。 <※  浄土宗の寺院はいま7000以上あります。> 存貞、存応、呑龍、知鑑などの名僧を輩出しました。 存貞、存応は、大本山・増上寺の法主(ほっす)に登りました。 知鑑は、総本山・知恩院の法主に選ばれました。 蓮馨寺物語  目次

蓮馨寺には徳川の他に、北条氏の紋所も

イメージ
左にミツウロコ、右にアオイの紋所 蓮馨寺(れんけいじ)正面の祈願所が呑龍堂(どんりゅうどう)です。 呑龍堂(どんりゅうどう)には、後北条(小田原北条、戦国北条)のミツウロコと徳川のアオイの紋所が並列しています。 ミツウロコは、徳川時代を通じて存在を誇示していました。 1寺に天下の2大藩の紋所があるのは、異例です。 蓮馨寺物語  目次

蓮馨寺日鑑(れんけいじ にっかん)が刊行される。県指定有形文化財。川越のまだ知られざる事柄も

イメージ
蓮馨寺日鑑(れんけいじ にっかん)が刊行される。県指定有形文化財。川越のまだ知られざる事柄も 粂原恒久、宇高良哲編『蓮馨寺日鑑』  平成26年(2014年)8月8日 全部で4巻になる見込みです。 解読中の『蓮馨寺日鑑』 1851年- 1854年の 日鑑 『蓮馨寺日鑑』の中身。解読作業中 『蓮馨寺日鑑(れんけいじにっかん)』70冊が、2008年埼玉県指定有形文化財に指定されました。 日鑑とは、公用の日記のことです。 1714年から1866年の150年間 にかけて記されました。 増上寺、川越藩、幕府、門前町との関係の記録、祭礼の記録、訴訟、嘆願の記録などが納められています。 埼玉県を代表する寺院日鑑です。 川越のまだ知られざる事柄が明かされることになるでしょう。 蓮馨寺は、徳川家康と浄土宗・増上寺の源誉存応(げんよぞんのう、蓮馨寺出身)上人によって、関東18壇林(僧侶養成大学)のひとつに定められました。 蓮馨寺案内  ◇                    ◆                    ◇ 蓮馨寺(れんけいじ)の桜。2010年4月