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浅田真央「ママ、どうだった?」

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「ママ、どうだった?」 。左端は3歳のとき。  *日刊スポーツ2014/02/22 (浅田真央)「ママ、どうだった?」 甘えんぼうの浅田真央は、大事な競技が近づくにつれ、メダルではなく、ママとの誓いに集中します。 5歳でリンクに出て以来、演技のあとには     「ママ、どうだった?」 と真っ先にママの答えをおねだりしました。     「よかったよ、真央」(ママ) 2010年バンクーバー大会で真央は2位に終わりました。 再起を期して、2014年のソチにそなえます。 理論の勉強もします。 学習ノートは100冊以上に及びました。 2011年5月真央はママの病気が肝硬変であることを知ります。 真央やおねえちゃんの肝臓の一部を移植すれば、     「なおる見通しがあります」(ドクター) 移植への申し出をママはことわりました。 ママの答えは     「みんな、いつも通りにね」 でした。 半年後の2011年12月、ママの様態が急変します。 真央がカナダのケベックから駆けつけた時は、ママは召されていました。 48歳でした。 真央は、15年以上も一心同体であったママと離れて、独りで、歩み続けます。 真央のソチでの目的は、2010年バンクーバー大会から積み重ねてきたトレーニングを続け、 納得できるプレーをし、     ≪ママとの誓いを果たすこと≫ でした。 結果。 ソチでは、集大成の舞台・フリーでトリプルアクセルも成功し、自己最高を塗り替えました。 世界中に感動を与えました。 前日の16位のどん底から打って変わっての最高の演技でした。 「いつも通り」にプレーを終わった23歳の真央は、      「ママ、どうだった?  」   と天国のママに呼びかけました。 それが上のうれし涙の写真です。 <※ 真央のうしろには、3歳の時のスケート姿の写真が。>     …     …    「よかったよ、真央」(天国のママ) ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ...