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曹洞宗  白坂慎太郎 【13+】

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改革派住職 本気の寺院経営【動画】

曹洞宗 見性院

改革派住職 本気の寺院経営 【23+】
    企業努力  定額  檀家制度(=岩盤規制)の廃止  開放系の経営  送骨サービス  永代供養墓3万円

橋本英樹 『お坊さんが明かす あなたの町からお寺が消える日 』(洋泉社)

橋本住職



檀家減少。不明朗なお布施。家族の寺から個人の寺に

「うちのお寺」今は昔 不明朗なお布施に嫌気
2017/9/27nk を抜粋編集

 村上●全(●はたまへんに深のつくり、しんぜん)さん(38)は山梨県内で8つの寺の住職を兼務している。臨済宗建長寺派寺院「花岳寺」(上野原市)はそのうちの一つ。室町将軍からの信任も厚かったとされる古先印元禅師が1340年に開山した歴史ある寺だ。

 9月上旬、村上さんの案内で、花岳寺を訪ねた。「歩きにくくてすみません」。山門から本堂までの参道は膝の高さまで草が伸び放題、本堂の入り口には大きなクモの巣が張っていた。

 30年ほど前に住職が死亡。京都から僧侶が移り住んだ時期もあったが、わずか3年半で出て行った。その後の十数年は「無住」になっている。

 檀家総代の男性(68)は「常駐の住職がいたら安心だが、なり手がいない」と肩を落とす。周辺地域では、檀家が300軒あればお布施だけで寺院経営が成り立つというが、現在の檀家数は200軒にとどまる。

 1人の僧侶が複数の寺の住職を務める「兼務寺院」は全国で急増。宗教専門紙「中外日報」(京都市)によると、仏教10大宗派6万1789の寺のうち、少なくとも1万2061の寺が無住・兼務寺院となっている。

 地方の人口減で経営が成り立たないことが主な原因だが、戒名料、読経料など、弔事にかかる費用が不明朗なことも寺から檀家が離れる背景にあるようだ。

 お布施の相場は地方や宗派によって違い、数千円から数十万円と差が大きい。いくら包めばよいのかはっきりしない寺にまつわる「お金」への戸惑いが寺への不信につながった面は否定できない。国民生活センターに寄せられたお布施を含む葬儀サービス関連の相談は2016年度に715件と、過去10年で1.8倍になっている。

 埼玉県熊谷市にある見性院の住職、橋本英樹さん(52)は「明朗会計」で生き残りを図る。12年に檀家制度を廃止してお布施は定額にした。永代供養墓は3万円から納骨でき、遺骨の郵送も受け付ける。利用者は日本全国に広がり、収入は3倍に増えた。

【※】見性院 

 「仏様を利用したビジネスだ」。旧檀家の猛反発を受け、周辺寺院との交流も途絶えたが、橋本さんは「透明化で信頼を取り戻さなくては生き残れない」。

 光明寺(東京・港)の僧侶、松本紹圭さん(38)は経営学の視点を檀家制度の改革に持ち込んだ。東京大卒業後に仏門に入った異色の宗教家だ。MBA(経営学修士)を取得し、12年に寺院運営を考える「未来の住職塾」を開いた。これまでに約500人の住職が参加。「寺業計画書」を提出してもらい、アドバイスを送る。

【※】お寺の未来 

 かつて寺院は地域社会の中心だった。松本さんは「先祖代々の寺ではなく、自分で寺を選ぶ時代になった」と考えている。昨年には「心のこもった葬儀ができるか」など10の基準を満たした寺を紹介するインターネットサイト「まいてら」を知人の僧侶らと開設。「現代に合わせた形で、もう一度『お寺のある生活』を提案したい」と話す。

【※】まいてら

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 仏教系団体、信者は8000万人? 檀家の寺離れが指摘される一方、文化庁の「宗教年鑑」では仏教系宗教団体の信者数は8千万人台と高い水準にある。各団体の自己申告に基づいており「実態を反映していないのでは」という指摘もあるという。
 文化庁は毎年、国内の宗教団体の信者数を調査。1949年の仏教系の信者数は約3695万人、90年には約9625万人と2.6倍に増加した。その後も8千万~9千万人台で推移している。
 信者数の集計は各団体に委ねられており、正確な統計を作るのは難しい。仏教にキリスト教、神道など他宗教の信者数を足し合わせると国内の総人口を超えることもある。

葬儀。檀家。寺院経営

 葬儀。檀家。

改革派住職 本気の寺院経営【動画】

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パンダの名は、 シャンシャン (香香)。「香港」はなんて読む?



ジャイアント パンダの名が「シャンシャン(香香)」と決まりました。

「香」は、シアン (xiang)と読みます。

しかし、「香港」はなんて読みますか。
 「ホンコン」です。広東読み(=香港読み)です。
「ホンコン」は、中国では通じません。
標準語(普通話)では、xiang gang(シアンカン) となります。

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赤ちゃんパンダ 「シャンシャン」発表 「最終候補で応募最多」
小池都知事
2017/9/25 nk

 東京都の小池百合子知事は25日記者会見し、上野動物園(台東区)で6月に誕生したジャイアントパンダの雌の赤ちゃんの名前を「シャンシャン(香香)」に決めたと正式に発表した。理由について「(最終候補の)8案の中で応募が最も多く、選考委員の評価が高かった」と述べた。

 小池氏は名前の印象について「とても呼びやすいと思う。香りがするようなかわいらしい名前。花が開くような明るいイメージではないか」と語った。

正岡子規の未発表句 。子規庵「歳旦帳」発見 未発表5句や自画像も

子規庵「歳旦帳」発見 未発表5句や自画像も 

2017/8/22  nk

 俳人の正岡子規(1867~1902年)の未発表句5句や自画像などが収められた「歳旦帳」が見つかったことが22日、分かった。東京の子規庵(あん)保存会が発表した。

 歳旦帳は子規が亡くなる前年、年始に子規庵を訪れた客が記帳した芳名録のようなもの。子規の俳句や自画像がこれだけまとまって発見されるのは珍しい。

【※】歳旦帳 さいたんちょう
前年中に歳暮などの句を集めた小句集

 見つかった俳句は〈寝後れて新年の鐘を聞きにけり〉〈暗きより元朝を騒く子供哉〉など正月の情景を簡潔に詠んでいた。生誕150年を記念して東京都台東区の子規庵で開かれる展覧会「子規の歳旦」で9月に公開される。〔共同〕

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正岡子規の未発表句
【※】正岡子規は、わかりやすい俳句をめざしました。

< 寝後れて  新年の  鐘を聞きにけり >

  上野・寛永寺の鐘を  除夜にではなく、 新年に「聞きにけり」


< 暗きより  元朝(がんちょう)を騒ぐ  子供哉 >

朝も暗いうちから、元日の朝を横丁で騒ぐ  子供たち


< うらうらと  初日の影や  枯木立(かれこだち) >

上野の山の  枯木立に  初日の光が差し込んでいる様子。


< 初夢や  巨燵(こたつ)ふとんの  暖まり >

初夢をみる条件がそろいぶみ。


< 留守の戸に  名刺投込む  御慶(ぎょけい)かな >

「御慶」は新年のめでたいあいさつ。

鶯谷駅の子規庵

正岡子規の根岸・子規庵
子規庵<東京都指定史跡

子規庵



病牀六尺の舞台
正岡子規は、子規庵で、俳句の革新をめざして命を燃やしつくしました。子規庵は、旧前田侯の下屋敷の長屋でした。
高浜虚子、河東碧梧桐、伊藤左千夫、長塚節、中村不折がよく集まっていました。
夏目漱石、森鴎外、与謝野鉄幹も子規庵を訪れています。

< 漱石が来て  虚子が来て  大三十日(おおみそか) >

<  汽車過ぐる  あとを根岸の  夜ぞ長き >

享年34歳。

子規庵   【※】子規庵について  左上に MENU あり。English
    交通案内 :子規庵、笹の雪、ねぎし三平堂、書道博物館(中村不折)  鶯谷の山側は、谷中(やなか)、寛永寺。

正岡子規の未発表句 。子規庵「歳旦帳」発見 未発表5句や自画像も 

正岡子規の「子規」とはホトトギスのこと 

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「プレバト」の 夏井いつき は松山市の出身。
夏井いつきの100年俳句日記

インドシナ半島、加速する交通網整備

インドシナ半島、加速する交通網整備
2017/8/17付  nk 岸本まりみ  :抜粋編集 桑原政則

インドシナ半島の東西回廊、南部回廊
中国からの南北回廊

 ASEANは着実に経済統合の歩みを進めている。既に域内ではほとんどの関税を撤廃した。ASEAN自由貿易地域(AFTA)が発効した1993年に11.4%だった平均関税率は、2015年時点で0.23%まで下がった。

 関税がほぼなくなった結果、モノの往来は膨らんだ。ASEAN各国の15年の域内向け輸出は3056億ドル(約34兆円)と、00年と比べ約3倍に増えた。自動車や電機など製造業を中心に域内分業が進み、国境をまたいだ部品などのやり取りも盛んになっている。

 2015年末にはASEAN経済共同体(AEC)が発足。ヒトやカネ、サービスの分野でも自由化推進を目指している。非関税障壁の撤廃などを盛り込んだ25年までの目標を掲げ、統合を進める考えだ。

【※】ASEAN経済共同体(AEC)
ASEAN Economic Communityの略。アセアン内の関税を撤廃。

 国境を越えたビジネスのカギを握るのが、各国を結ぶ道路や鉄道などの交通インフラだ。地続きのタイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムではASEANの大動脈の整備が加速する。

 幹線道路の「東西経済回廊」「南北経済回廊」は15年までにほぼ完成した。さらにベトナム、カンボジア、タイをつなぐ「南部経済回廊」も、バンコクからミャンマー南部のダウェーまでの延伸工事が進行している。

 中国の掲げる「一帯一路」構想に基づく高速鉄道計画も動き始めた。中国の雲南省昆明からシンガポールまでをつなぐ計画で、既にラオスで建設が始まっている。

 日系企業はこうした交通インフラを生かしながら、製造・物流網を広げてきた。南部経済回廊沿いのカンボジアの経済特区ではデンソーやミネベアが進出。東西経済回廊に近い、ラオスの経済特区にはアデランスやニコンが製造拠点を構える。

 同じ地域連合でも、通貨統合まで踏み込んだ欧州連合(EU)に比べると、ASEANでは経済統合のペースでは見劣りする。だが域内各国は人件費の違いなどを生かした分業により、ゆっくりと着実に連携を深めている。

(バンコク=岸本まりみ)


【武蔵観研通信】225号:2017年9月18日

【武蔵観研通信】225号:2017年9月18日

★ アセアン

★ 川越、埼玉
  ● 埼玉県庁   ● 川越市役所   ● 10/14-15 川越まつり

★ 観光

★ 人物、名言
  〇 永六輔 「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」

  〇 ウォルト・ディズニー 「誰にでも締切が必要。締切がないと気持ちが緩んでしまう」

★ 徳川

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★ 余滴









  〇韓国:韓国では、民心が最高規範となり、国を動かしてしまう。
┗武蔵観研ホームページ  https://goo.gl/SCKbHU

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武蔵観研例会 9月19日(火)午後6時30分~ のおしらせ
どなたもお待ちしています。

例   会 :セミナー、近況報告、ショートスピーチ、座談
              セミナー 「川越にゆかりの地名」「川越太郎の養寿院」。 他
参加費・資料代:500円
日 時:9月19日(火)午後6時30分~8時ごろ
会 場:湯遊ランド・ホテル三光  川越市新富町1-9-1

電 話:090-2650-2136(当日のみ)

反"薩長史観"本が相次ぎ刊行:武田 鏡村

反"薩長史観"本が相次ぎ刊行  武田 鏡村 : 歴史家


最近よく聞かれるようになった「薩長史観」という言葉がある。明治維新を成し遂げた薩摩・長州(薩長)の側からの歴史解釈ということである。要は「勝者が歴史をつくる」ということであり、「薩長=官軍=開明派」「旧幕府=賊軍=守旧派」という単純な図式で色分けされた歴史観だといわれる。明治以来、政府の歴史教育はこの薩長史観に基づいて行われ、国民の「通史」を形作ってきた。

ところが、ここにきて、この薩長史観に異議を申し立て、旧幕府側にこそ正義があったとする書籍が相次いで刊行されている。原田伊織著『明治維新という過ち』を皮切りに、『三流の維新 一流の江戸』『明治維新という幻想』『明治維新という名の洗脳』『大西郷という虚像』『もう一つの幕末史』『明治維新の正体』といった書籍がさまざまな著者により刊行され、ベストセラーになっているものも多い。雑誌でも『SAPIO』(小学館)9月号が「明治維新 150年の過ち」という大特集を組んでいる。

来年の「明治維新150年」を前に、反「薩長史観」本がブームになっているわけだが、そもそもこの「薩長史観」とは何なのか。なぜここに来てブームになっているのか。このたび『薩長史観の正体』を刊行した武田鏡村氏に解説していただいた。

■「薩長史観」により偽装された幕末維新史

薩長史観――明治維新から太平洋戦争の敗戦まで日本人の心を支配し続けてきた歴史観のことである。それは、薩摩と長州が中心となって成しとげた明治維新は、頑迷な徳川幕府を打ち破って文明開化をもたらし、富国強兵によって世界に伍する国家を創り上げた、とするものである。

だが、薩長史観は明治新政府がその成立を正当化するために創り上げた、偽装された歴史観であることは、意外に知られていない。

それは、薩摩や長州が幕末から明治維新にかけて行った策謀・謀反・暴虐・殺戮・強奪・強姦など、ありとあらゆる犯罪行為を隠蔽するために創られた欺瞞に満ちた歴史観である。


そこには、天皇が住む御所を襲撃したという事実や、あるいは天皇を毒殺したのではないか、といった疑問がいっさい封印されている。

それにもかかわらず、明治新政府は、かつて自分たちが蔑(ないがし)ろにした天皇を絶対化し国民に忠誠を誓わせることで、血にまみれた犯罪の数々から目をそらさせ続けたのである。

しかも薩長史観では、日本は現人神(あらひとがみ)である天皇が治める神の国であり、天皇への絶対的な忠誠を示す愛国心こそが日本人の誇りであり、死をもって天皇に仕えることが日本人であるとする。これを徹底させたのが「教育勅語」であった。


靖国神社には「賊軍」兵士は祀られない

さらに薩長史観は、起こす必要のなかった国内戦争である戊辰戦争を、薩長などの「官軍」が行った正義の戦争と見なし、反抗した者を「賊軍」として排除し続けた

偏狭な愛国心と排外主義は表裏するものであるが、それを象徴するのが薩長によって創り上げられた「靖国神社」である。

靖国神社には「官軍」の戦死者は祀られたが、「賊軍」は排除されて、今日に至っている。

薩長は靖国神社を、愛国者を祀る「死の祭壇」とすることで、官軍の戦死者だけではなく、近隣諸国への侵略によって戦死した兵士たちを誇らしく祀り、国民皆兵による軍国主義の拡張を正当化したのである。それは太平洋戦争の敗戦まで続く。

ちなみに昭和天皇は、A級戦犯として処刑された東条英機らが靖国神社に合祀されたことを不興に感じられて参拝を取りやめられたが、薩長史観の信奉者たちは天皇の意向を無視して、相変わらず参拝を続けている。

これは、明治維新のとき、尊皇といいながら孝明天皇の意向を無視して武力討幕に走った薩長の軌道と重なるものがある。

では、明治維新から現代に至るまで「薩長史観」によって欺かれている歴史とはどのようなものだったのか。薩長にとって都合が悪く、あまり表立って語られることのなかった歴史の真実とはどのようなものなのか。


以下に象徴的なものを挙げる。

●吉田松陰は松下村塾でテロリストを養成して、近隣諸国への侵略主義を唱えていた。
●高杉晋作は放火犯で、テロの実行を煽(あお)っていた。
●木戸孝允は、御所の襲撃と天皇の拉致計画を立てていた。
●初代内閣総理大臣の伊藤博文は殺人者で、放火犯であった。
●西郷隆盛は僧侶を殺めた殺人者で、武装テロ集団を指揮していた。
●西郷隆盛は平和的な政権移譲を否定して、武力討幕の謀略を実行した。
●三条実美(さねとみ)は天皇の勅許を偽造して、攘夷と討幕運動を煽っていた。
●薩摩と長州は何食わぬ顔で攘夷を放棄して、代わりに尊皇主義を旗印とした。
●岩倉具視は女官を使って孝明天皇に砒素(ひそ)を飲ませて毒殺させたとうわさされていた。
●大政奉還でなされた「慶応維新」は評価すべきものだったが、薩長による武力討幕の前に粉砕された。
●「討幕の密勅」といわれる天皇の宣旨(せんじ)は完全に偽造されたものである。
●坂本龍馬の暗殺は、薩摩の大久保利通らが指令を出していた可能性がある。
●西郷隆盛は「薩摩御用盗(ごようとう)」を指揮して江戸市中を騒擾させ、軍用金を強奪させた。
●鳥羽・伏見の戦いで掲げられた「錦の御旗」は偽造されたものであった。
●戊辰戦争は薩長によって強引に引き起こされたものであった。
●大村益次郎は上野にいた彰義隊を不意に砲撃し、「官軍」は戦死者の肉を食ったとうわさされた。
●「官軍」は国際法を無視して捕虜や負傷者を惨殺した。
●「官軍」は会津などで強奪と強姦の限りを繰り返していた。
●帝国陸軍に君臨した山県有朋は、越後長岡戦争では裸同然で敗走していた。
●明治維新がなければ日本は外国の植民地になっていたというのは完全なうそである。
 

薩長史観は、こうした真相を隠蔽し続けて、現在に至っている。

なぜ「反薩長」本がブームになっているのか

ここにきて、薩長史観に異を唱える反「薩長史観」本ともいうべきものが続々と出されている。これは、明治維新から150年という時間が経過し、ようやくタブーなく歴史の真実を語れるようになったためかもしれない。ようやく国民が、明治政府の「洗脳」から解放されてきたといえるのだろう。

そもそも、上に挙げたような「真相」の数々は、特に異説でもなんでなく、歴史の事実を追えば容易にわかることなのである。



それが、明治以来の歴史教育により、知らず知らずのうちに「薩長=官軍=開明派」「旧幕府=賊軍=守旧派」という“刷り込み”が国民になされてきた。いわゆる「司馬史観」でさえもその呪縛にとらわれており、薩長史観の影響は現代に及ぶと指摘する声もある。

ところが、最近続々と出される反「薩長史観」本により、ようやく反対側(旧幕府)からの歴史観に初めてふれることになり、多くの人々が新鮮な驚きとともに共鳴しているのではないだろうか。それまで「明治維新」に対してモヤモヤ感じていた疑問が、すっきり解消したという人も多いようである。

また、イギリスのスコットランド独立投票に見られるような、世界的なローカリゼーションの流れも関係あるかもしれない。

今まで「賊軍」側とされてきた東北や新潟の人々が、官製の歴史観とは違った、自分たちの郷土の側に立った歴史の見方を知り、溜飲を下げたのではないだろうか。そして、自分たちの郷土に、それまで以上に誇りを持つようになってきているように思える。実際、会津や仙台などで、こうした反「薩長史観」本の売れ行きがいいと聞く。

本来、歴史の見方は多様であるはずである。戦争の勝者=権力者の側からの歴史観だけが正しいわけではない。地域ごとの歴史の見方があって然(しか)るべきではないだろうか。

いまはやりの地方創生も、こうした地元の歴史に対するリスペクトといったソフトパワーを抜きにしては語れないと思う。

今後、地域ごとの歴史の見直しの動きは、ますます加速していくのではないだろうか。


「薩長史観」の呪縛から解き放つ

そしてもう1つ、近年の歴史修正主義的な動きも背景にあるのではと思う。

明治維新から太平洋戦争の敗戦まで日本人の意識と思想を形成していたのは、薩摩と長州を中心としてつくられた絶対的な天皇主義、軍国主義、愛国心であった。それが、身の丈を超えた侵略主義、帝国主義へとつながっていく。そして、そのバックボーンとなったのが「薩長史観」なのである。

それはやがて日本を壊滅的な敗北に導いた。その反省から日本は徹底した民主主義と平和主義に徹するようになったのである。

だが近年になって、教育勅語の見直し論に見られるように歴史修正主義が台頭し、またぞろ薩長が唱えていた国家観が息を吹き返しているようである。いずれ稿を改めて書きたいが、歴史修正主義的な傾向の強い安倍晋三首相は「長州」出身であり、その言動には「薩長史観」が深く反映されている。

そんな風潮に対して、そもそも薩長が行った明治維新とはいったい何であったのか、という根源的な疑問が提示されるようになってきた面があるのではないか。そこを解明しないかぎり、日本の近現代史を正確に認識することはできない、という考えが「反薩長」本ブームの背景にあるように思えてならないのだ。

今、明治維新の歴史の事実と向き合うことは、薩長史観の呪縛を解き放つことにつながり、自由で活気ある平和な民主国家を追求する一歩となるのである。

そんな思いから今回、『薩長史観の正体』を刊行した。来年、「明治150年」を迎えるのを機に、新たな歴史の見方を知っていただきたいと思う。


なぜ自由と民主主義を掲げる「海の国」が抑止力を持つことを、危険だと決めつけるのか 宇都宮尚志

なぜ自由と民主主義を掲げる「海の国」が抑止力を持つことを、危険だと決めつけるのか 宇都宮尚志


 ドイツの政治学者、カール・シュミットは「世界史は陸の国に対する海の国の戦い、海の国に対する陸の国の戦いの歴史である」と述べた。

 地政学的な考察からすれば、日米など「海の国」は開放的で自由主義を重んじ、同盟関係を重視する傾向が強いのに対し、中露など「陸の国」は排他的で専制主義だとされる。

 北朝鮮をめぐる日米韓と中露の対立は、まさしくこの構図を映し出した。

 中露には、北朝鮮を“先兵”にして米国にアジアからの撤退を迫り、日米韓の分断を図る狙いが根底にある。このため北朝鮮の崩壊を望まない。国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議案が採択されたが、中国は最後まで石油の全面禁輸には応じなかった。

 日米は北朝鮮包囲網を構築するため、今こそ国際社会と連携を強めることが重要だ。その意味で、日本が同じ「海の国」である英国と安保協力を進めることになったのは意義深い。

 8月末、北朝鮮が中距離弾道ミサイル「火星12」の発射実験を強行した直後、メイ英首相が訪日。「安全保障と繁栄のパートナーシップを次の段階へと引き上げる」と謳(うた)った共同文書を発表し、日英関係を「準同盟」に位置づけた。


 1902年に締結された日英同盟で英国の後ろ盾を得た日本は、日露戦争に勝利し、第一次世界大戦では連合国側に立って参戦、青島や南洋諸島のドイツの拠点を攻略した。

 外交官だった岡崎久彦氏は常々、「近代史の上で日本国民が真に安全と繁栄と自由を享受したのは、日英同盟の20年間と日米安全保障条約の時代である」と指摘し、海洋を支配する「アングロ・アメリカン世界」との連携の重要性を説いた

 かつて英国が七つの海を制したのは、強力な海軍力と外交力、自由を重んじる理念があったからだ。

 その英国は米国との「特別な関係」を通じた核保有国である。国内で核戦力削減の声が高まる中、英下院は昨年、同国が保有する潜水艦発射型戦略核ミサイル「トライデント」の更新を可決した。メイ首相は「ロシアと北朝鮮の脅威から英国を守るだけでなく、同盟国や世界にとって重要だ」と述べ、核抑止力を維持する姿勢を明らかにしている。

 日本は英国との結びつきを通じて、その国際感覚とグローバルな戦略的思考を学ぶべきである。

 北朝鮮の急迫した脅威を前にしながら、政府は「持たず、つくらず、持ち込ませず」という非核三原則にこだわり、核保有を議論することすらタブー視する。

 朝日新聞は社説(8日付)で「日本が非核三原則の見直しに動けば、韓国、台湾も核を求めて動き出す『核ドミノ』の発火点にもなりかねない」と主張するが、なぜ自由と民主主義を掲げる「海の国」が抑止力を持つことを、危険だと決めつけるのか不可解だ。われわれを威嚇し、秩序を壊そうとしているのは「陸の国」の方ではないか。

 英国は「自由主義のルールに基づき国際秩序を守る」ことを安全保障の軸に据えている。この価値を共有して、「海の国」の結束強化につなげなければならない。(論説委員)

小泉八雲(やくも)。『怪談』の小説家。Koizumi Yakumo。Lafcadio Hearn。9月26日没

小泉八雲(やくも)。『怪談』の小説家。Koizumi Yakumo。Lafcadio Hearn。9月26日没

Lafcadio Hearn portrait.jpg
小泉八雲

・1850年6月27日。ギリシャ ~1904年9月26日没。54歳。

小泉八雲 は、父は、アイルランド出身の軍医、母はギリシャ人です。
1891(明治24)年に来日し、島根県の松江中学校の英語教師になります。

東京大学で英文学を教えます。
後任は夏目漱石です。

『怪談』などで日本を欧米に紹介します。



【名言】

「外国人の旅行者にとっては
古いものだけが新しいのであって
それだけがその人の心を
ひきつけるのである」


特別編「小泉八雲」松江観光公式チャンネル【+4】

【8分】日本に帰化した男・小泉八雲【日本の歴史】


3分で分かる小泉八雲の怪談「耳なし芳一」 【3+】  ろくろ首 


川越市中央公民館分室は、小泉八雲の息子のゆかりのある屋敷です。
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9月19日、1902年。正岡子規 没

正岡子規(1867〜1902)は、俳人、歌人です。愛媛県生まれです。「子規」とはホトトギスのことです。

日清戦争の従軍記者となり、帰国後肺結核となりました。ほとんどねたきりの生活のなかで筆をとり、短歌や俳句の革新をめざしました。

俳句雑誌『ホトトギス』を創刊し、高浜虚子、河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)、伊藤左千夫、長塚節(たかし)を育てました。

  俳句では与謝蕪村を,短歌では『万葉集』を重んじました。

正岡子規の「子規」とはホトトギスのこと

正岡子規の碑(川越市)、台東区の子規庵 、松山市立子規記念博物館

子規・漱石・生誕150年記念番組 子規、松山最後の帰郷~愚陀佛庵の52日間~ 【14+】

東南アが渇望する日本

東南アが渇望する日本
秋田浩之 2017/9/15nkを抜粋編集

 安倍晋三首相にとりアジアでいちばん気が合う指導者は、インドのモディ首相だ。モディ氏が地方指導者だった約10年前から、同じ保守政治家として交友を重ねてきた。14日の会談も10回目だった。

 2人が最も心を砕いている問題が、強大になる中国にどう向き合っていくかだ。前日の夕食会も交え、かなり突っ込んだやり取りが交わされたに違いない。なかでも焦点になったとみられるのが、中国が進める広域経済圏構想「一帯一路」への対応だ。

 一帯一路はアジアから欧州にまたがるインフラ整備を中国が主導し、その沿線の開発まで手掛ける壮大な構想だ。受け身に回る日本とインドの視線は複雑だ。14日の共同声明では名指しこそしなかったが、世界のインフラ整備は透明性をもって進めるべきだと呼びかけ、中国をけん制した。


  日本はもっと、アジアで独自の役割を発揮する余地がある。そんな日本を渇望する声が、東南アジアでは強まっているからだ。

 8月27~28日、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国のジャーナリストが参加する「日本ASEANメディアフォーラム」(国際交流基金主催)に参加した。経済や安保の議論で深く印象に残ったのが、日本の役割を求める意見が何度も出たことだ。

 中国からは洪水のように援助やインフラ投資が流れ込んでくる。このままでは、東南アジアはいや応なく、中国の影響圏に入ってしまう。そうならないよう、日本がもっと出てきて、中国以外の選択肢を与えてほしい――。参加者らの声を要約すれば、こうなる。

 私は以前、米国が内向きになれば、アジアは中国主導の「紅(あか)い秩序」に染まりかねない、と本欄に書いた。当の東南アジアもそんな事態にはおちいりたくない、と切実に考えているのだ。

 一帯一路構想にも期待と懸念が交錯する。同フォーラムの出席者によると、東南アジアはこぞって支持を唱えたが、内心はみんな不安らしい。なぜなら、スリランカの「失敗」を見ているからだ。

 スリランカは同構想に乗って、中国から巨額の資金を借り、港湾インフラを整えようとした。ところが高金利のため、返済に窮した。そして昨年末、港を所管する国営企業の株式80%を、中国側に99年間、貸与する契約に原則合意せざるを得なくなってしまった。

 ASEAN各国は中国の援助や投資を受け入れながらも、スリランカのようにがんじがらめにされないか、怖いのだという。

 それは南シナ海の領有権争いを事実上、棚上げし、中国からの援助を取り込んでいるフィリピンのドゥテルテ大統領も同じだ。

 「もし、日中が戦争になったら、わが国は日本を支持する」。外交筋によると、ドゥテルテ氏は日本要人に会った際、こうささやいた。社交辞令だとしても、日本と緊密な関係を保ち、中国とバランスをとりたい本音がうかがえる。

 では、彼らは日本に何を望んでいるのか。物量で中国に太刀打ちすることはできない。日本の政府開発援助(ODA)は今年度、予算ベースで約4300億円。中国は向こう3年間、アフリカ向けだけでこの10倍以上の援助を注ぐ計画だとされる。

 そのうえで、ASEANの当局者や識者らに日本への期待をたずねると、主に2つの答えが返ってくる。ひとつは要所となる交通網や港湾に、質の高いインフラを整備することだ。「物量で中国に張り合えないのは分かっている。それでも日本からインフラ投資があれば、中国への依存度を和らげられる」(ASEANの外交官)

 もう一つの期待は、日本が他国と一緒に多国間の経済協力構想を描き、進めるということだ。本来は環太平洋経済連携協定(TPP)がその土台になるはずだった。トランプ米政権の離脱で目算は狂ったが、米抜きの「TPP11」を日本が主導し始めたことは、大きな注目を集めている。

 中国の経済圏に覆われながら、アジアの国々は「中国以外」の選択肢も求めている。それに日本がどこまで応えられるかによって、アジアの勢力図は塗り替わる。

北朝鮮- ニューヨークは、直線では北海道の北を通る。

北朝鮮- ニューヨークは、直線ではアラスカを通ります。

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正距(せいきょ)方位図法:東京- ニューヨーク
  • 宇宙から地球を見た正しい地図です。
  • 東京- ニューヨークは、アラスカを通ります。ハワイは通りません。方位が正しくあらわされます。
  • 国際連合のマークもこの正距(せいきょ)方位図法です。

東京- ニューヨークの直線距離
  通常のメルカトル図法では、東京- ニューヨークは楕円であらわされます。

タイ小売り大手 セントラル、ネット拡大へ

タイ小売り大手 セントラル、ネット拡大へ脱・家族主義

2017/9/13  nkを抜粋編集

 アジアの財閥の中でも家族主義で知られるタイ小売り大手、セントラル・グループの経営が転機を迎えている。創業家出身者が占めてきた経営陣への外部人材の登用を急ぐ。オンライン強化や海外進出などの変革を加速するのに欠かせないと判断。3代目世代のトッス・チラティワット最高経営責任者(CEO)のもと、外部のプロの力も生かせる経営への脱皮をめざす。


 「70年間店舗ビジネスで成長してきたが、これからはオンラインとの融合が不可欠だ」。12日、首都バンコクで新しいウェブサービス「オー・ビル・ドゥ・モンド」をお披露目したトッスCEOが力を込めて語った。

 セントラルが国内外に持つ百貨店の商品をアドバイザーとオンラインで相談しながら世界中どこからでも注文できる。今年設立70周年を迎えた同社はこの数年間、欧州の老舗「KaDeWe」など海外百貨店を相次ぎ買収。新サービスは実店舗と電子商取引(EC)を融合させる「オムニチャネル」戦略の中核となる。

 開発を指揮したのは米マッキンゼーの元コンサルタント、ニコロ・ガランテ最高執行責任者(COO)だ。欧州で数々の小売り大手のオムニチャネル戦略を作り、昨年、セントラルに入った。

 「米アマゾンや中国アリババ集団のような明白な勝者がいない東南アジアのEC市場は既存の小売業にも歴史を作るチャンスがある」。そう話すガランテ氏はこの1年間で最高技術責任者(CTO)ら幹部からエンジニアまで外部人材の採用を加速。「毎日採用面接をしている」と笑う。


セントラルはタイ国内で百貨店などを60以上運営する
 セントラルはタイ国内だけで百貨店やショッピングモールを60以上運営。売上高は年3327億バーツ(約1兆1千億円)と、600億バーツ弱とされるザ・モールグループなど2位以下を引き離すタイ小売りの巨人だ。

 15人の取締役会は全員、創業家出身で、一族の「鉄の結束」で事業を伸ばしてきた。創業者ティアン・チラティワット氏に連なる一族は現在224人もおり、うち51人がグループで働く。一族の中で争いごとが起こらないよう、資金分担などを決める家族会議を設け、全員が暮らせる巨大住宅もある。

 この手法はタイの最大財閥チャロン・ポカパン(CP)グループとは大きく異なる。CPのタニン・チャラワノン上級会長は社長に就任する前、姉や兄嫁を事業から退かせ、一族の子女が中核事業に入るのを禁じた。

 今回トッス氏を突き動かしたのは小売業を取り巻く変化だ。国内の購買力低迷に加え、海外旅行が身近となり強みだった輸入品を国内で買う人が減ってきた。望みをかけるのがECで、売上高の約1%にとどまるEC比率を5年後までに15%に引き上げる計画だ。

 「既存の小売りなら何でもわかるが、ECは未知の世界だ」とトッス氏。非創業家中心の「経営チーム」を立ち上げ、COOのガランテ氏とタイ商業銀行や中央銀行の元トップらを入れた。

 CEOに就いて3年のトッス氏は後継者育成計画も始動。候補者には非創業家もいるという。

(バンコク=小野由香子)

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華人系、中国に再び挑む 

 セントラル・グループは多くのタイ財閥同様、華人系だ。創業者のティアン・チラティワット氏が1925年に中国・海南島からバンコクに渡ってきた。ただ中国で売り上げの約4割を稼ぐ同じタイ華人系財閥のチャロン・ポカパン(CP)グループに比べると、中国での事業規模は小さい。

 セントラルは2011年、3代目世代のトッス氏のもとで初の海外市場として中国に進出した。しかし、地場小売りとの競争に敗れ、わずか4年で撤退に追い込まれた。「中国には二度と出たくない」とトッス氏。現在、セントラルの最も大きい海外市場はタイと地理的に近く、消費者の嗜好が似ているベトナムだ。

 とはいえ、日本の百貨店が「爆買い」で潤ったように、中国人観光客がタイや欧州のグループ百貨店でブランド品や食品などを買う需要は無視できない。今回発表のウェブサービス「オー・ビル・ドゥ・モンド」も中国語に対応する。

 中国の電子商取引(EC)大手である京東集団ともタイでの提携へ交渉中との報道もある。実店舗ではなく、オンラインでの再挑戦を模索する。

世界大波乱の時代、日本は自分で生まれ変わる時

世界大波乱の時代、日本は自分で生まれ変わる時
日本近代の3大敗戦:黒船、敗戦、今2017年-の世界混沌

日本近代の3大事件は、黒船、敗戦、現在の世界大波乱の時代です。

1 黒船(1853年)
黒船が来て、1868年江戸幕府が破れました。西欧をみならった国造りをはじめます。

2 敗戦(1945年)
第2次大戦で日本が敗れました。アメリカに従った国造りをおこないます。

3 世界大波乱(2017-)
アメリカが衰退をはじめました。世界混沌の時代です。
<内向きの米国。自国中心の米中ソ。北朝鮮、フィリピン、トルコ、…。英国のEU脱退。>得手勝手の時代です。
日本は、米国依存を脱し、自分で生まれ変わる時です。

【追】
善悪二元論では、世界を解くことはできません。
  • 世界はだんだんよくなることはありません。
  • よくなったり、悪くなったりをくりかえします。
∴「世界史(とくにローマ史)」、地政学が参考になります。

「破天荒」:天荒の地から現れたすぐれた(男)

「破天荒」 粗悪な状態覆す 
2017/9/10  阿辻哲次   nkを抜粋編集

 中国は広大な国土を擁するが、しかし農業にも牧畜にも適さない荒れ地がかなりの割合を占めている。そんな草木一本すら生えない土地のことを、かつては「天荒と呼び、そしてそのことばは、優れた人材がまったく出現しない土地のたとえとしても使われた。

 敦煌を含む今の甘粛省一帯は、唐の時代まで優秀な人物がまったく現れない「天荒」の地とされていた。なにせそこからは、中央政府の要職にあたる高級官僚を採用するための試験「科挙」で、最終合格者である「進士」はおろか、その第一段階の試験にすら合格する者がいなかったのである。

 ところがある年、その土地出身の劉蛻(りゅうぜい)という男が地方での試験に通り、さらに中央でおこなわれる本試験にも優秀な成績で合格した。人々は彼の快挙を、かの「天荒」の地からも、ついにそれを破る男が現れたのかとの驚きをこめて、「破天荒」ということばで呼んだ。

 「破天荒」とは、慢性的に低劣あるいは粗悪だった状態をうちやぶり、画期的なまでに高尚あるいは優秀な状態を出現させることをいう成語である。それが今の日本語では、単に「前代未聞」とか「驚くべき」という意味に使われている。「破天荒な偉業」というのは正しい使い方なのだが、「がんばっていた社員を離島の営業所に左遷するのは、破天荒な人事だ」というのは、語源から考えれば正しい使い方ではないことになる。

(漢字学者)

【武蔵観研通信】224号:2017年9月8日

【武蔵観研通信】224号:2017年9月8日






★ 川越、埼玉
  ● 埼玉県庁   ● 川越市役所


★ 観光


★ 人物、名言
  〇 椎名悦三郎 「余分なことを言ったりやったりすれば、面倒な場面を招く。だから余分なことをしない」  【※】若い政治家諸氏へ


  〇 デール・カーネギー「人生とは今日一日一日のことである」


★ 徳川


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★ 余滴
  〇大前研一氏 経済同友会のアベノミクス批判は「犬の遠吠え」
<今の経団連、経済同友会は“学芸会レベル”。
財界は政府に対し、
  • さっさと中央集権から道州制による真の地方自治に移行しろ
  • 東京や大阪などで世界に冠たる街づくりをしろ
  • 独占禁止法を廃止しろ
とか、もっと日本の大きな問題についてストレートに提言すべき。>
<全ての他国の軍隊は朝鮮半島から撤退するという休戦協定に署名した。しかし米軍は韓国から撤退していない。スタートからダブルスタンダードを取ってきたツケが、いま日本を巻き込んだ関係国に襲い掛かっている。>
【※】必要なことは、朝鮮戦争(休戦中)を終えること。


┗武蔵観研ホームページ  https://goo.gl/SCKbHU


(・・・・・・・・・・・索 引 は下に)


武蔵観研例会 9月19日(火)午後6時30分~ のおしらせ


秋深くなり、少しひんやりすることも。 
彼岸花が咲き始めました。
花言葉は、<再会。また会う日を楽しみに>です。


会員以外の方も、お会いできることを楽しみにしています。


例   会 :セミナー、近況報告、ショートスピーチ。
              セミナー 「川越にゆかりの地名の紹介 桑原政則」(要・筆記用具)。他
参加費:500円(どなたも。ワンコインでおねがいします)
日 時:9月19日(火)午後6時30分~8時ごろ
会 場:湯遊ランド・ホテル三光  川越市新富町1-9-1
電 話:090-2650-2136(当日のみ)


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申し込み:下の部分を返信してください。
返信の連絡はいたしません。
mail:musashikanken★gmail.com
   上の★印を@に変更してメールを送ってください。
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例会に参加します。
【氏名】__________

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タイのインラック前首相国外へ。タイ政治は?

インラック前首相逃亡、タイ政治の課題は
2017/9/5

 タイのインラック前首相が裁判を逃れ、国外逃亡したとみられる事態が波紋を広げている。タクシン元首相派の象徴だった前首相の退場を受け、有力政治勢力はなにを課題と捉えているか。タクシン派政治団体、反独裁民主統一戦線(UDD)のティーダ顧問と、反タクシン派の中の最大政党、民主党のアピシット党首(元首相)に話を聞いた。

(聞き手はバンコク=小谷洋司、小野由香子)

タイ民主党党首(元首相) アピシット氏 タクシン派は汚職助長
2017/9/5
【※】民主党:反タクシン派の最大政党

 インラック氏の逃亡はこの国の富裕層や特権階級は法の裁きを受けないで済む選択肢があることを印象付けた。彼女の逃亡に安堵している人もいるだろう。彼女への判決がどんな内容であろうと、何らかの不満が噴出し、トラブルが起きるとの見方があったからだ。

 タクシン派のタイ貢献党へのタクシン一家の影響力がどう変わるか注視している。タクシン氏自身も汚職罪を逃れるため逃亡したが、国外から影響力を行使している。

 総選挙は予定通り来年後半に行われるだろう。タイ貢献党の対立政党として、我々民主党は、経済格差の解消や汚職撲滅のための構造改革という政治目標を訴え続ける。

 軍事政権下では政治活動が禁止され、私はこの3年間、個人として全国を行脚し国民の声を聞いてきた。タイ貢献党が強い北部や東北部でも徐々に私の話に耳を傾ける人が増えている。

 我々とタクシン派は汚職への考え方が全く異なる。タクシン派の政策は汚職を助長しかねない。先月、インラック政権の元閣僚が在任時の汚職で実刑判決を受けた。

 プラユット暫定首相をトップとした軍主体の政党が誕生する可能性もある。だが、今のままの官僚的な政策では我々と連立を組むのは難しい。

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UDD顧問 ティーダ氏 軍事政権、法の支配なし
2017/9/5
【※】タクシン派

 インラック前首相の行動には悲しみも怒りも感じない。彼女を実業界から政界に引き込んだ兄のタクシン元首相は、一日たりとも前首相を収監させたくなかったのだろう。逃亡は降伏とは違う。タクシン氏もインラック氏も政治支配層との闘争をあきらめず、2人の人気も変わらない。

 彼らはタイ政治を変えた。投票で政策や首相、未来の生活を選ぶとの意識を目覚めさせた。金満政治家との批判もあるが、他に代わるリーダーはいない。我々は民主主義、法の支配、非暴力などを掲げて闘争を続ける。

 軍事政権を支える既得権益層の狙いはタクシン派の封じ込めだ。タクシン氏、インラック氏に加え元閣僚、政党、支援者などをあらゆる手段で排除しようとしている。

 選挙になれば毎回タクシン派が勝つ。だから既得権益層はクーデター後に憲法や法律を変え、タクシン派を崩しにかかる。タクシン派が劣勢になるまで総選挙をやらない可能性もある。


 既得権層の強硬派は総選挙後も軍政のプラユット暫定首相の続投を願っている。プラユット氏を推す親軍政の新政党を立ち上げようとの動きもある。(軍主導の)独裁政権下に法の支配はない。独裁が長びくと、多くの人々が我々の活動に賛同するだろう。

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池上さん、なぜタイのインラック前首相は国外に逃亡しているの?
Q なぜタイのインラック前首相は国外に逃亡しているの?
 タイのインラック前首相が、在任中に国に巨額の損失を与えたということで罪に問われているそうですが、タイでは政策の責任を首相一人が、自ら負わなければならないのでしょうか? なぜインラック前首相は罪に問われているのでしょうか。(30代・男・会社員)

A はっきり言えば、政治的な裁判です。

「国に巨額の損失を与えた」というのは、農民への支援策を面白く思わない軍事政権がインラック前首相を刑務所に閉じ込め、インラック派の力を削ごうとしている口実です。
 2011年のタイ総選挙で、インラック氏は、政府が農家からコメを買い上げるという公約を掲げ、農民層からの支持を得て、勝利。首相に就任しました。


現在は国外に逃亡中のインラック首相 ©getty

 首相になると、さっそく公約を実施に移します。農家から市価の5割も高い値段でコメを買い上げました。農民たちは大喜びです。
 でも、こんなことをすれば、政府の財政は赤字になります。ポピュリズム政治は莫大な財政赤字を生み出しました。
 2014年、反インラック派の軍部がクーデターを起こし、軍事政権を樹立。コメ買い取り政策を廃止しました。
 さらにインラック前首相を職務怠慢の罪で訴えました。コメの買い取り政策を続けていれば財政赤字が増えることは明らかだったのに、それを中止しなかったことが職務怠慢に該当するというのです。
 これを職務怠慢だというなら、かつて日本政府も農民からコメを高く買い上げ、消費者に安く売り渡すという政策で巨額の赤字を築きあげました。だからといって、当時の総理大臣が訴追されることはありませんでした。その是非はともかく、政策としてはありうることだからです。
 インラック氏の政策も、政策としてはありうること。でも、反インラック派は、なんとしてもインラック氏を訴追しようとしたのですね。
 インラック氏が問われた罪は、有罪になれば最高で禁固10年という厳しいもの。それを恐れて逃亡したと見られています。
 インラック氏が向かった先は中東のドバイ。ということは、正規の手続きを踏んで出国しなければ航空機に乗れません。軍事政権はインラック氏の動向を把握していますから、こっそり出国することなど不可能です。そこで、軍事政権が意図してインラック氏を逃がしたのではないかという疑惑が持ち上がっています。インラック氏を追い出せば、国内のゴタゴタは収まるだろうし、インラック氏が逃亡すればインラック派はインラック氏に失望して活動が下火になるでしょう。軍事政権は、それを狙ったのではないか、というわけです。
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インラック:タイ初の女性首相