<※ 写真はクリックで拡大> 壇林・ 蓮馨寺 水舎(みずや)の彫刻 蓮馨寺日鑑 ミツウロコとアオイ 龍のなぎなた 蓮馨大姉の供養碑 本堂 本堂と書院の渡り廊下の向こうに遠州流庭園 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 蓮馨寺案内 後北条から江戸までの歴史を物語る川越市民いこいの寺 NPO法人武蔵観研 会長 桑 原 政 則 (この下からリード) ----------------------------------- 蓮馨寺(れんけいじ)は、24時間開放の川越市民いこいの寺で、界隈は川越の浅草とも称せられた。一方では、葵の紋所を許された格式ある檀林(僧侶養成大学)で、殿様も、旗、槍をたおし目礼してから門前を通った。本稿では、観光面にもスポットをあて、時計回りに蓮馨寺めぐりをおこなう。 ------------------------(ここまでリード) 室町時代に創建 後北条(小田原北条)は、1546年の河越夜戦(かわごえよいくさ)で上杉勢に勝利した。3年後の1549年に蓮馨寺が創建された。室町時代のことである(川越は江戸ばかりではない)。のちに後北条の川越城将・大道寺政繁が、蓮馨寺を現在地に移す。大道寺政繁の甥にあたる感誉存貞が開山。のちに存貞は大本山・増上寺法主(ほっす)に栄達。 壇林(だんりん=僧侶の大学) 【pic】 浄土宗壇林・蓮馨寺は、江戸期には関東十八檀林の一つで、幕府公認の僧侶養成機関として多くの学僧を育てる。壇林では3年1期、9期27年学ぶ。葵の紋所を許された格式ある寺で、殿様も、旗や槍をたおし目礼してから門前を通ったという。 インド門 蓮馨寺講堂の門。インド・サーンチー遺跡の記念の門を模したもので、聖なる場所への入り口を表わす。講堂は多目的ホール。 水舎(みずや) 1893年(明治26年)の川越大火で鐘つき堂と共に火災を免れる。水鉢の龍頭の彫り物。鶴亀、牡丹唐獅子、唐子(からこ)遊びの図など。 将監地蔵尊(しょうげんじぞうそん) ...