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戊辰戦争年表のページ

戊辰戦争(1868年 - 1869年)とは、新政府軍と旧幕府軍の一連の内戦です。 1868年1月3日から翌年の1869年5月18日までの2年間です。 新政府軍は薩摩、長州が中心で、旧幕軍は、奥羽越列藩同盟が戦った内戦です。 1868年は、慶応4年/明治元年で、エトは戊辰(つちのえたつ、ぼしん)でした。 鳥羽・伏見の戦い(1月3日)、上野戦争(5月15日)、東北戦争(4月20日)、北越戦争(5月2日)、 箱館戦争(1869年5月18日)を総称して、戊辰戦争と呼びます。 1868年(慶応4年) 1月3日  旧幕府軍入京途中、鳥羽・伏見で薩長土三藩と交戦し、 鳥羽・伏見の戦い起こる。 戊辰戦争の始まり。 1月6日  松平容保・松平定敬、徳川慶喜に従い、軍艦で大阪脱出。 6日後江戸着。 1月7日 朝廷、徳川慶喜追討令を出す。 2月3日  天皇親征の詔を発す。 2月9日  総裁・有栖川宮熾(ありすがわのみや たるひと)親王を東征大総督とし、西郷隆盛が東征開始。 2月10日 松平容保、徳川慶喜により登城を止められる。 2月12日 徳川慶喜、江戸城を出て上野寛永寺で謹慎。 2月22日  松平容保、江戸より会津へ帰国、挙藩防戦を藩士に告げる。 2月23日 旧幕臣が浅草本願寺で彰義隊を結成。 月末までに会津藩士、京より順次帰国。 3月1日 近藤勇ら江戸を出発。 3月8日   会津藩、軍組織を改革し、白虎隊などを組織。 3月13日   勝海舟と西郷隆盛、江戸薩摩藩邸で会見。 4月11日  江戸城無血開城。 徳川慶喜、水戸に退隠。 4月19日   会津藩兵、白河城を占領。 4月11日   奥羽列藩重臣、会津救解嘆願書提出に同意。 4月12日 同嘆願書、総督府参謀・世良修蔵に退けられる。 4月20日 世良修蔵暗殺される。 東北戦争始まる。 4月25日 新政府軍、白河城を攻撃。 5月2日   長岡藩と新政府軍の会談決裂。 北越戦争はじまる。 5月3日    奥羽列藩同盟(25藩)が成立 輪王寺宮が、奥羽列藩同盟軍事総裁となる。 5月6日   北越6藩を加えた奥羽越列藩同盟(31藩)成立。 仙台藩が盟主。 5月15日    ...

日光東照宮の年表

1613年 天海、家康の命により日光山を管理。  <*  天海は、日光山の主体を二荒山の神から東照宮に移しました。> 1616年 4月1日 徳川家康は、枕頭で本多正純、天海、崇伝に遺言しました。「遺骸は久能山に埋葬し、葬儀は増上寺で営み、位牌を三河の大樹寺に立て、日光山に小さい堂を建てて勧請せよ」。 4月17日   徳川家康、駿府(静岡)で死去。 10月 2代秀忠、東照宮の造営に着手。  <* 1645年までは「東照社」であるが、便宜上、「東照宮」で統一してあります。 > 1617年 2月 徳川家康に朝廷より「東照大権現」の神号が贈られます。 3月(?) 東照社、完成。 4月 徳川家康の遺骸(いがい)を久能山東照宮から日光東照宮へ改葬。 1622年 2代秀忠、社参。 1625年 3代家光、社参。 1626年 日光の杉並木に植樹。以後20年以上。 1634年 東照宮の大改築に着手。1636年4月まで。  <*  「費用お構いなし」の幕府負担の大事業でした。> 9月 3代将軍家光が日光社参 1645年 朝廷から宮号を受け、東照社から東照宮に改称。 1646年 朝廷より、進物を奉納する日光例幣使(れいへいし)、開始。1687年まで。 1648年 家康33回忌に3代将軍家光社参。 1655年 輪王寺宮門跡が創立されました。 後水尾天皇の皇子・守澄親王が、日光と上野との両門主を兼ねるようになりました。 1728年 8代吉宗社参。 1776年 10代家治社参。 1843年 12代家慶(いえよし)社参。最後の社参。 1868年 神仏分離令により、日光は2社1寺(東照宮・二荒山神社+輪王寺)に分立。 1985年 神社本庁を離れて単立神社に。 1999年 ユネスコ世界遺産に。 *     *     * * 東照宮は、徳川家康を東照大権現という神にまつった神社です。 * 将軍の社参 秀忠は将軍として3回社参。他に1回。 家光は9回。他に1回。 その後は財政難で、8代吉宗、10代家治、12代家慶(いえよ...

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天海僧正 年表

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喜多院の天海像 * 年齢は数え年表示です。 *印は、要チェック、要出典 *  和暦西暦換算表 :* <*  原本は秀丸に格納> *     *     * 1536年、天文5年 (所伝) 福島県大沼郡会津美里町の高田で誕生。 長男。幼名は、兵太郎。 父は舩木。母は蘆名氏の娘。 1546年 11歳 実家の近所の龍興寺(りゅうこうじ)で出家、「隋風」と称します。3年間修行。 龍興寺は天台宗の円仁(えんにん)創建の古刹(こさつ、古い寺)。 円仁は、最澄の弟子で、最後の遣唐使。天台宗を完成させた世界的な偉人。 天台宗は仏教の力で国を導くという国家鎮護を信仰の核にしています。 1549年 14歳 宇都宮市の粉河寺(こかわでら、現・宝蔵寺、ほうぞうじ)の住職に弟子入り。 住職の皇舜は高僧。 1553年 18歳 天台宗の総本山、比叡山に入山、実全に師事、天台教学を学びます。 比叡山は、最澄が山を開いてから、円仁、円珍、良源、源信、良忍、法然、親鸞、一遍、栄西、道元、日蓮など各宗教の祖を生んだので、日本仏教の母とよばれています。またさまざまな芸能を生んだので、「山」といえば比叡山をさしました。 1556年 比叡山を下山。 大津の三井寺(みいでら、現・園城寺おんじょうじ)のに学びます。 奈良、興福寺などで学びます。林和成重に日本書紀を学びます。法相(ほっそう)、三輪を学びます。 1558年 23歳 実母病気のため、時会津へ帰省します。母は逝去。 1560年 栃木の足利学校に入り、4年間にわたり、儒学、漢学、易学、国学、経済学、天文学、医学、兵学を習得します。 天海は、粉河寺、三井寺、興福寺、足利学校と学業を続けます。 1564年 群馬県太田市世良田の善昌寺に学びます。 1571年 35歳 比叡山入山を試みますが、比叡山が織田信長により焼き打ちされ果たせませんでした。 天海は、 明智光秀の世話で、山門の学僧、衆徒と共に、武田信玄の元に身を寄せます。 武田信玄に請われ、山門の学僧と論議をしたり、天台宗について講義したりします。 1573年  会津に戻り数年間(@@@)滞在。 1577年 42歳 蘆名氏の要請を受けて...

健康食ブーム年表

健康食品が出ては消えていきます。かつては単純でわかりやすかった健康ブームも、近年では手が込み、特定の栄養成分名が注目されるようになってきています。プロポリス、ドコサヘキサエン酸、ポリフェノール、コエンザイムQ10(キューテン)などです。 みのもんたの「おもいッきりイイ!!テレビ」などの健康情報を過信して、体質に合わないものを摂取するなどみのもんた症候群にも注意する必要があります。 1975 紅茶キノコ 1976 自家製野菜ジュース 1977 豆乳 1980 ウーロン茶ダイエット 1982 ビタミン剤 1986 プロポリス<ミツバチ 1987 有機野菜・自然食ブーム 1990 ビン入り機能性飲料 1993 DHA(ドコサヘキサエン酸)<さかな 1996 カカオ由来食品 1998 ポリフェノール<赤ワイン 2000 飲む酢<黒酢、はちみつ酢 2004 コエンザイムQ10= 抗酸化作用 2005 寒天ダイエット 【出典】日本経済新聞、2008年2月17日