西田幾多郎。日本の哲学を確立する。「純粋経験」
西田幾多郎。日本の哲学を確立する。「純粋経験」
| 西田幾多郎 |
・1870年5月19日 石川県かほく市- 1945年6月7日 (75歳没)
西田幾多郎(にしだ きたろう)は、日本近代哲学の最大の巨人です。
京都学派の創始者です。
西洋の哲学者にも大きな影響を与えました。
高校の同級生である鈴木大拙の影響で、
禅に打ち込みます。
20代後半の時から十数年間修行しました。
西田幾多郎は、
東洋的な直観を、
西洋の論理で通じる形にすることをめざしました。
西田哲学の出発点は、
「純粋経験」です。
私たちは、
「私(主観)」が
「花(客観)」を見ている、
と世界を二つに分けてとらえています(主客二元論)。
しかし、西田幾多郎は、
「分かれる前の、瞬間こそが本物だ」と考えました。
たとえば、ベートーヴェンを聴いて、
ハッとして
心を打たれた瞬間
があります。
この混じり気のないありのままの瞬間を
「純粋経験(主客未分)」
とよびます。
「私」と「ベートーヴェンの曲」は分かれてはいません。
この「私」と「ベートーヴェンの曲」が分かれる前の、
ありのままの経験が「純粋経験(主客未分)」です。
「純粋経験」とは、
「自分(主観)」と「対象(客観)」が分かれる前の、
ありのままの直接的な経験のことです。
スポーツ選手が「ゾーンに入る」状態も「純粋経験(主客未分)」です。
この「純粋経験」は、さらにスケールアップし、「場所の論理」という壮大な考えに行き着きます。
分かりやすい例では、
リンゴが存在するためには、
リンゴを置く「お皿」や「空間」という場所が必要です。
西田は、すべての対立(有と無、善と悪、私とあなた)を
根底で包み込む、
無限に広がる究極の背景(場所)があると考えました。
それが「絶対無(ぜったいむ)」です。
【*】鈴木大拙との対比:論理の西田、体験の大拙
西田幾多郎と鈴木大拙は、
石川県の高校時代からの同級生であり、
生涯を通じて深い友情で結ばれた盟友です。
二人は「東洋の精神(禅)を西洋に伝える」という同じ山を目指しましたが、登り方(アプローチ)が違いました
鈴木大拙は、自ら深い禅の修行を行い、
その悟りの体験や東洋の精神を、
英語で欧米の知識人に「伝道師」として直接伝えました。
「この山(禅)は素晴らしい。さあ、一緒に登って風を感じよう」とガイドする役割でした。
西田幾多郎も、座禅に打ち込みましたが、
西洋の論理を使って、説明しようと苦闘しました。
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純粋経験/主客未分 絶対無
【18m】日本一難しい哲学を日本一分かりやすく伝えます! 『善の研究』|西田幾多郎
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【4m 】【西田幾多郎(前期)】日本思想解説【純粋経験】【主客未分】
【11m】京都大学 西田幾多郎 無の哲人:禅の思想から日本哲学へ
純粋意識/主客未分離 透体脱落 場所の思想 無の場所 行為的直観 絶対矛盾的自己統一 『善の研究』
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