西田幾多郎。日本の哲学を確立する。『善の研究』。 概説
西田幾多郎。日本の哲学を確立する。『善の研究』
純粋経験/主客未分 絶対無
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西田幾多郎(にしだ きたろう)は、日本近代哲学の最大の巨人です。
西田幾多郎は、東洋的な直観を、西洋の論理で通じる形にすることをめざしました。
西田哲学の出発点は、「純粋経験」です。
私たちは、「私(主観)」が「花(客観)」を見ている、と世界を二つに分けてとらえています(主客二元論)。
西田幾多郎は、「分かれる前の、瞬間こそが本物だ」と考えました。
ベートーヴェンを聴いて、ハッとして心を打たれた瞬間があります。
この混じり気のないありのままの瞬間を「純粋経験(主客未分)」とよびます。
「私」と「ベートーヴェンの曲」に分かれてはいません。
この「私」と「ベートーヴェンの曲」が分かれる前の、
ありのままの経験が「純粋経験(主客未分)」です。
スポーツ選手が「ゾーンに入る」状態も「純粋経験(主客未分)」です。
この「純粋経験」は、さらにスケールアップし、「場所の論理」という壮大な考えに行き着きます。
分かりやすい例:
リンゴが存在するためには、リンゴを置く「お皿」や「空間」という場所が必要です。
西田は、すべての対立(有と無、善と悪、私とあなた)を
根底で包み込む、
無限に広がる究極の背景(場所)があると考えました。
それが「絶対無(ぜったいむ)」です。
【*】鈴木大拙との対比(論理の西田、体験の大拙)
西田幾多郎と鈴木大拙は、
石川県の高校時代からの同級生であり、
生涯を通じて深い友情で結ばれた盟友です。
二人は「東洋の精神(禅)を西洋に伝える」という同じ山を目指しましたが、登り方(アプローチ)が違いました
鈴木大拙は、自ら深い禅の修行を行い、
その悟りの体験や東洋の精神を、
英語で欧米の知識人に「伝道師」として直接伝えました。
「この山(禅)は素晴らしい。さあ、一緒に登って風を感じよう」とガイドする役割でした。
西田幾多郎も、座禅に打ち込みましたが、
西洋の論理を使って、説明しようと苦闘しました。
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