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司馬遼太郎

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尊海: 中院

【川越】川越の無量寿寺・中院を再興  【埼玉県】ときがわ町慈光寺住職 尊海(1253‐1332) は、鎌倉時代の僧です。 ときがわ町の慈光寺の住職をつとめたのち、比叡山で修業します。 兵火で廃絶し、荒廃していた川越の無量寿寺(むりょうじゅじ、通称中院)を朝命により再建します。 無量寿寺は、1301年には関東の天台宗580寺の総本山になりました 無量寿寺には、のちに北院(喜多院)、南院が加わります。 日蓮は、 ここで尊海僧正より伝法灌頂(でんぼうかんじょう、指導者免状)を受けました。 <*  尊海僧正より? > いまでは、中院と喜多院は独立した存在で、南院はありません。 慈光寺  川越の中院 *     *     * 川越の人物、神仏物語

かつての仏教は最先端の科学

風水(ふうすい)、陰陽道(おんみょうどう)、仏教とか言うと、「古い、非科学的だ」と思いがちです。 風水説とは、環境学、地理学、天文学、哲学、宗教をあわせた快適生活学です。 陰陽道とは陰と陽で物事を占う術です。 仏教などの宗教は、かつては最先端の科学でした。 仏教、仏像は、『四谷怪談』や小泉八雲の『耳なし芳一のはなし』を見てもわかるように、怨霊(おんりょう、たたり)を封じ込める手段でもありました。 桓武(かんむ)天皇が、最澄(さいちょう、767-822)、空海(774-835)を唐に派遣したのは、怨霊退治に効く新しい宗教科学を輸入するためでもありました。 最澄や空海は、最先端の技術ももたらしました。 建築技術、彫刻技術、木版技術、油、しょうゆ、紙の製造方法などです。 神社の屋根はわらぶきでしたが、お寺の屋根は瓦ぶきになりました。 弘法(こうぼう)大師・空海は、温泉を発見したり、ため池や土手をつくったりして、各地で感謝されていますが、唐からの最新の土木技術を存分に使ったからでしょう。 日本には、陰陽寮(おんみょうりょう)という「警察+気象庁+厚労省」が合体したような官庁が奈良時代前からありました。 陰陽寮の役目は、怨霊を鎮魂(ちんこん)することでした。 廃止されたのは明治になってからです。