投稿

習近平(59、シー・ジンピン)(NK2012/11/16)

 習近平氏(59、シー・ジンピン、xi/ jin\  ping/)の横顔 慎重さと頑固さ併せ持つ  「中国は世界をより多く知る必要があるが、世界も中国をより多く知る必要がある」。満を持して13億人の頂点に立った15日。国際社会への協調姿勢とともに自己主張を譲らない強い意志もうかがわせる言葉を使い、記者団への最初のお披露目の場を締めくくった。   敵をつくらない慎重さと自らの考えを貫く頑固さを併せ持つ 。そのたくましさを磨いたのは青年時代と地方勤務の豊富な経験だ。 習仲勲元副首相を父に持つ「太子党」 だが、文化大革命のあおりで 10歳代半ばから農村の重労働を体験 した。  名門の清華大学を卒業して党中央軍事委員会に勤めたが、志願して地方に転出。 福建省、浙江省と南部の沿海部勤務が20年以上にわたり、華僑や台湾の企業誘致 で産業振興の実績を上げた。  先進国からの体制批判にも屈しない。「たらふく食べている連中が中国を批判するなど噴飯ものだ」と不満をぶちまけたこともあるとされる。  有名歌手の彭麗媛さんとの間に一女。「彭さんの夫」で知られる期間の方が長かった。総書記の最有力候補となってからは“安全運転”を優先。手腕は未知数で、慎重さと頑固さの振幅は目を離せない。 (北京=桑原健)

江戸の七福神信仰は、天海の奨励によるもの

七福神信仰は、室町時代に京都で始まりました。 江戸で盛んになったのは、天海の奨励によるものといわれています。 天海は、乱世を納めた家康を、七福神の福徳を兼備する者となぞらえました。     長寿(寿老人)、     富財(大黒天)、     人望(福禄寿)、     正直(恵比寿)、     愛嬌(弁財天)、     威光(毘沙門天)、     大量(布袋尊) 家康公は大いに喜び、絵師・狩野法眼に、「七福神遊行図」を書かせたと伝えられています。 このようにして、江戸で七福神信仰が盛んになりました。 川越の七福神 【cf.】 http://www.sekizanzenin.com/fukurokuju.html

インドは、中国へ与えたが、もらわなかった

中国の西方の民族は、中国文明に興味を示さなかったようです。 チベット、蒙古は漢字を見下し、取り入れませんでした。 インドも中国には与えこそすれ、影響はされなかったようです。 大きな文明は、人は入れても、システムは入れないようです。 インドは中国に哲学、仏教などを輸出しましたが、中国からは取り入れませんでした。 三蔵法師、孫悟空などがでてくる西遊記もラーマーヤナ物語の影響を受けてできたものです。 ハヌマンは孫悟空のモデルといわれます。 ラーマーヤナ物語のあらすじ ヨガは中国では、少林寺拳法に発展しました。 インドのスパイス料理は漢方に取り入れられたといわれています。