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スサノオのヤマタノオロチ退治の紙芝居

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ヤマタノオロチ (※) ヤマタノオロチの紙芝居。川越氷川神社。2013/04/07 神話は歴史の原動力で、歴史の一部です。 「ヤマタノオロチ」の紙芝居などに幼いうちから触れることのできる子は、 シアワセです。 ヤマタノオロチの紙芝居  鹿児島県いちき串木野 ・スサノオ:アマテラスの弟。 川越氷川神社の祭神です。 川越まつりの山車(だし)にも登場します。 スサノオの山車(だし) ・クシナダヒメ:スサノオの妻に ・ヤマタノオロチ スサノオ: アマテラスの弟で出雲国の創立者 川越氷川神社のページ (※) http://homepage1.nifty.com/dragon-heart/tokususano1.htm

「火が強かった」は、「しがつようかだ=4月8日だ」で、 お釈迦様の誕生日に。

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火が強かった→4月8日だ:お釈迦さまの誕生日  (※) 江戸弁では  「ひ」が「し」になまります。 わたし(桑原政則)の母は、 よく「日比谷」<母は「しびや」>と「渋谷」をまちが得ていました。  「おシャカになる」とは、鍛冶屋さんが製品をつくりそこなった時に使いました。  鍛冶屋さんは焼き物をつくるとき、火が強すぎると なまくら になり、失敗作になりました。  「火が強かった」は、「しがつようかだ=4月8日だ」となり、お釈迦様の誕生日になります。  それで「おシャカになる」としゃれたようです。 民間語源説です。  ともあれ、 「4月8日だ」は、  「火が強かった」で、  お釈迦様の誕生日 です。

蓮馨尼が蓮馨寺(れんけいじ)を開く <川越

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蓮馨尼が蓮馨寺(れんけいじ)を開く    <川越 蓮馨寺境内  (※) 蓮馨寺の 開基(世俗の創建者) は、小田原出身の蓮馨尼(れんけいに)です。 蓮馨とは、「極楽浄土の 蓮 の 香 り」のことです。 極楽浄土には阿弥陀仏がいます。 蓮馨尼は、大道寺政繁の母といわれています。 蓮馨尼は、1549年徳川家康が幕府を開く50年も前に、蓮馨寺を上尾市に創立し、英才のほまれ高い甥の 存貞(ぞんてい)を開山(初代僧侶) としました。 存貞(ぞんてい)も、蓮馨尼(れんけいに)と同じく、後北条氏の系統です。 【※】蓮馨寺の祈願所には、後北条と徳川のふたつの御紋が並んでいます。 後北条の力が強かったことがわかります。 後北条のミツウロコ御紋と徳川の葵の御紋   写真 蓮馨寺はのちに、河越城の城代となった大道寺政繁が、現在地に移しました。 蓮馨寺墓域には蓮馨尼の供養碑、板碑があります。 川越の西雲寺(さいうんじ、丸広前)も同宗に属し蓮馨寺を支えました。 熊野神社もかつては蓮馨寺の守り神で蓮馨寺に所属していました。 (※) http://www.kawagoe-yell.com/sightseeing/renkeiji/