新島八重。幕末のジャンヌ・ダルク。6月14日没。Niijima Yae
新島八重。幕末のジャンヌ・ダルク。6月14日没。Niijima Yae ・1845年12月1日ー1932年6月14日没。(86歳) 同志社創立者・新島襄(にいじま じょう)の妻です。 会津藩の砲術師範の子として生まれ,1868年の会津戦争では,男装して戦いました。 八重は日本赤十字社の正社員となり,1894年の日清戦争、1904年の日露戦争に看護婦として従軍しました。 「幕末のジャンヌ・ダルク」、「会津の巴御前」、「元祖ハンサム・ウーマン」、「日本のナイチンゲール」などと言われました。 【名言】 「人は臆病であってはいけません。 そんなことではあなた方が生き抜くことはできないのです」 「美徳を以て飾りと為す」 【補足】 東大総長の山川健次郎は親戚筋に当たります。 新島八重はハンサムウーマン 八重の桜、会津のページ 桑原政則