伊藤穣一、夏野剛:日本のベンチャーの問題点(NK2012/8/12)

  • 信用できるベンチャーキャピタルは世界に15社ほど。米国に9、英国に1という具合で、日本はゼロだ。
  • 日本の ベンチャーキャピタルはほとんどが銀行などの出身者で占められているが、彼らにベンチャーキャピタルはムリ。
  • 日本にとって有望な分野はモバイルネット。
  • フェイスブックは戦略を立てない。戦略ができたころには世の中が変わっているから。

創論世界的ベンチャー 日本で生まれるか
伊藤氏「経営助言できるVC 不在」 夏野氏「起業家、お山の大将脱せず」

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米MITメディアラボ所長・伊藤穣一氏
 イノベーションに欠かせないベンチャー企業。IT(情報技術)を中心に日本でも起業の機運が高まるが、世界的ベンチャーは乏しい。突破口はあるか。内外の事情に詳しい伊藤穣一・米マサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボ所長と、「iモード」の生みの親、夏野剛・慶応大院特別招聘(へい)教授が話し合った。(文中敬称略)
米MITメディアラボ所長・伊藤穣一氏 ――日本のベンチャーの現状をどう見ますか。
 伊藤 本当に注目に値するようなベンチャー経営者はたくさんはいない。オリンピックに参加できるような一握りの世界だ。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)や、グーグルの創業者らを筆頭に、米国でも年にひとりかふたりしか出てこない。日本は5年にひとりかふたり程度ではないか。
 夏野 人口比を考えれば、能力のある起業家予備軍の数は日米で差がないと思う。違いがあるのはオリンピック選手、つまり成功するベンチャーを生み出す環境だ。日本にはそれが整っていない。
 ――具体的には、どこが問題ですか。
慶大院特別招聘教授・夏野剛氏
慶大院特別招聘教授・夏野剛氏
 夏野 ベンチャーにリスクマネーが回っていない。フェイスブックやグーグルは収入もビジネスモデルもない段階で資金を集めサービスを続けられた。売上高ではなく、技術と起業家の潜在力に投資するという考え方だ。日本のベンチャーキャピタル(VC)はそれができていない。
 伊藤 私が信用するVCは世界に15社ほどしかない。米国に9、英国に1という具合で、日本はゼロだ
 有力ベンチャーが集まる米シリコンバレーのVCは40年くらいの歴史がある。投資ファンドの成績を振り返ると、(グーグルの大型上場など)何回かのホームランで、ほかのベンチャー向けを含めてすべての投資の元をとっている。そうしたホームランは、ファンドの会議でみんなが投資に合意した案件ではなく、たった1人が自分の直感を信じ、名声をかけて投資したものである場合が多い。日本のファンドマネジャーにはそういう思い切った判断をする自由がない。
 夏野 日本のVCはほとんどが銀行など間接金融の出身者で占められているが、彼らにVCは難しい。ローリスク・ローリターンビジネスの銀行と、ハイリスク・ハイリターンのVCは真逆だ。そうした環境下、日本のベンチャーは軍資金を得にくい。世界に通用する起業家が出にくい最大の要因となっている。政府頼みは好きではないが、2兆円の資金枠がある産業革新機構を活用してはどうか。まずはカネの流動性を高める方向に行くべきだ。
 ――カネだけでなく、起業家に助言するヒトの不足も指摘されます。
 夏野 ベンチャーを起こす人は既存の法規制や利権に縛られないなど向こう見ずな傾向がある。会社が大きくなるにつれ、経営がわかる人材を外部から招くなどチームづくりが必要だ。だが、日本はそのしくみが確立していない。起業家同士は仲がいいが、大企業を経営した経験者とは仲がよくない。コミュニティーが分断され、交流がない。
 伊藤 米国の優秀なVCは元経営者が担い手だ。起業家の気持ちが分かり、世代も近い。彼らはベンチャーの人事などにも口を出す。日本でも上場で利益を得た起業家がVCを始める動きが出てきたが、まだまだ少ない。
 ――上場後の株価急落など懸念材料はあるものの、交流サイト(SNS)ではフェイスブックが日本の競合ベンチャーを突き放しています。
 夏野 ザッカーバーグ氏は経営体制などについて投資家から意見され、CEOでありながら必ずしも自分の思い通りにできていない。だからこそ成功したと思う。個人の好き嫌いで経営をしていない。それに対し、日本の起業家は気に入る人間だけを周りに集めている印象が強い。人を使うのが上手でなく、自分の能力以上の人材を採用するのを恐れている。自分がお山の大将でいたい。
 伊藤 フェイスブックに出資した有力投資家のなかには、主だったSNSベンチャーすべてに投資し、「こうやれば失敗する」とザッカーバーグ氏に助言できるSNSの達人もいる。お金だけ出し、あとは頑張れというのではなく、徹夜で一緒に働いてくれる人がいる。もちろんザッカーバーグ氏自身も何が何でも勝つという集中力はすごい。
伊藤氏「製品力で顧客をつかめ」 夏野氏「モバイルネット 商機に」
 ――日本のベンチャーは世界で巻き返せますか。
 伊藤 日本のベンチャーは製品より、大企業との連携などビジネスの手法で生き残ってきた。ITでも起業家は銀行マンや営業マン、コンサルタント出身が目立つ。しかし、爆発的に成功するベンチャーは製品そのもので顧客をつかむ必要がある。そうでなければ国際競争力があるとは言えず、イノベーションにつながらない。日本のベンチャーは優秀な人を集められないという問題もある。大企業が人材を抱え込んでいる。
 夏野 人材確保の点ではベンチャーにとってチャンスだ。(経営不振や不祥事などが相次ぎ)大企業に入っても夢や将来性がないと思っている20代の優秀な若者は多い。彼らは独立志向が強い。ベンチャーが本気でいい人材を採ろうというなら、給料を上げるなど過去の延長線ではない報酬体系をつくればいい。長い目でみれば大きな経済的負担ではないはずだ。
 ――日本にとって有望な分野はどこでしょうか。
 夏野 やはりITだ。日本ではスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)だけでなく、普通の携帯もネットにつながり、ほぼ100%のモバイルコミュニティーができている。スマホの普及でモバイルネットが世界に広がれば、先行する日本の商機だ日本のソーシャルゲーム会社は米国でも存在感がある。モバイルのノウハウがあるからだ。
 伊藤 アップルで音楽プレーヤー「iPod」の開発に携わったトニー・ファデル氏はネストというベンチャーで、スマホ並みの技術を盛り込んだエアコンコントローラーを商品化した。外出先からも家のエアコンを操作できる。エアコンを手がけITもわかる企業はなかなかない。そういう発想を持てば大きな市場が見つかる。
 ――日本は大企業を含め産業界に閉塞感があります。
 夏野 この10年で個人の情報収集、発信の能力は飛躍的に高まった。グーグルで何でも調べられるようになり、大学も知識伝達型の授業には、もはや意味がない。あらゆる社会システムは変化を求められ、会社も進化しないといけない。「創業時のマインドを忘れるな」という経営者がいるが、「忘れろ」と言いたい。過去のしがらみを切り、どんな価値を顧客に提供できるかゼロから考え直すべきだ。
 伊藤 フェイスブックのシェリル・サンドバーグ最高執行責任者(COO)は「フェイスブックは戦略を立てない」と言う。戦略ができたころには世の中が変わっているからだ。同社の持ち味は変化に反応する機敏さだ。日本の大企業トップの多くは技術がわからず、経営にITを組み込めていない。ベンチャーならITのわかるトップが物事を決め、どんどん会社の姿を変えていける。
 ――日本のベンチャーに明るい材料はないですか。
 伊藤 2年ほど前までは絶対にだめとあきらめていたが、最近は創造性や技術力で勝負しようというベンチャーが増え、質が上がっている。シリコンバレーのベンチャー支援施設に入り、何とか英語でコミュニティーに飛び込んでいく起業家も出てきた。医療制度など米国にも問題はある。欧州も苦しい。日本だけがだめというわけではなく、落ち込む必要はない。
 夏野 現在は金利が安く、国債も安全とは言えず、デフレでモノにも投資できない。ベンチャー投資などハイリスク・ハイリターンが受け入れられる土壌になってきた。個人金融資産や企業の内部留保などカネがあり、ハイテクを使いこなす消費者もいる。他国に比べれば病気は軽く、治せば世界の手本になれる。
 いとう・じょういち 95年ネット関連企業のデジタルガレージ共同創業。米ニューヨーク・タイムズ社外取締役も務める。46歳。
 なつの・たけし NTTドコモ時代に携帯電話サービス「iモード」事業を手がける。ドワンゴ、グリーなどで取締役も。47歳。
成功事例出ればムードも変わる
 シリコンバレーも成功物語一色ではない。ネット界のスターだったヤフーは業績不振にあえぎ、名門サン・マイクロシステムズも買収で表舞台から消えた。廃れる会社がある一方、膨大な数のベンチャーが次の主役をねらい果敢に挑む。その新陳代謝が競争力の源。失敗もシリコンバレーの重要な一部だ。
 両氏とも各国を飛び回り目が肥えている分、日本のベンチャー評は辛口。だが「世界をめざす」と語る起業家に出会う機会は確実に増えた。失敗を重ねつつ、ひとつ成功事例が出れば、ムードは一気に変わる。
(編集委員 村山恵一)