イアン・ブレマー:日本は国益や判断基準を明確に主張せよ(NK2011/8/14)


明確な外交戦略を持て 米ユーラシア・グループ社長イアン・ブレマー氏
新しい日本へ 復興の道筋を聞く(3)

(1/2ページ)
2011/8/14 4:00
日本経済新聞 朝刊
1520文字
 ――日本のリスクとして、政治の「無党状況」を指摘し続けてきた。
画像の拡大
 「世界は東日本大震災後の日本人の姿に感銘を受けた。甚大な被害にもかかわらず、わずか数カ月で復興に動き出した。夏場の電力不足を市民みんなが我慢し、静かに慎み深く解決に当たる姿は他の国はまねできない」
 「しかし落胆させるのは、政治の混迷と無策ぶりだ。未曽有の危機にも政治は変わることなく、内紛を繰り返す。日本の未来へ向けた決断ができない。日本のリーダー不在は深刻だ。政治への絶望感が極まっている」
 ――日本が取り組むべき経済的な課題とは。
 「日本で最も強力な経済主体はグローバル企業だ。それが日本を去ろうとしている。国内市場は縮小、労働コストもエネルギーも高い。民主党政権で産業界や官僚とのパイプも途切れ、有効な産業政策も打てない
 「日本は『成長』への投資をあまりに怠ってきた。人口減少は深刻だ。移民はともかく、まず女性が労働参加しやすい環境を整えた方がいい」
■脱原発はマイナス
 ――震災後の脱原発論議をどう見るか。
 「脱原発は日本経済にマイナスだ。中国やインドはこれから原発利用を加速する。新たな安全技術、適正な規制と透明性の高い運営で対応すべきだ。脱原発では産業空洞化は止まらず、産油国には足元を見られ、国内消費者に負担をかける」
 ――中国企業の台頭など、企業の競争環境は激しくなるばかりだ。
 「世界は西側の自由市場の資本主義と、中国など国家資本主義がぶつかりあう時代に入った。西側から得た技術を使って低コストの資本と労働力でシェアを奪う。ルールの全く違う国家が運営する企業との競争になる」



 「世界の石油企業は大手15社のうち13社が国営だ。民間は2社しか残ってない。ただ、その2社の経営は極めて効率的で高い技術を持つ。西側が勝つには研究開発でリードし続けるしかない。高速鉄道など一度、技術が渡ったら次はコスト競争で勝てない。これに適応できない企業は、競争から撤退すべきだ」
■極なき時代到来
 ――彼らが内包する弱さもあるのでは。
 「国家利益のために資本を配分する手法はどこかで効率性を欠く。中国の鉄道事故は運営の不透明さ、安全基準の問題を示した。彼らはカイゼンを続ける組織ではない。カイゼンと起業家精神こそ西側が勝てる道だ
 ――世界は主役なき「Gゼロ」時代だと指摘している。日本の進路は。
 「米国が覇権を握り、同一の価値判断へ向かうグローバル化の流れに日本がついて行く時代は終わった。自由市場の資本主義と国家資本主義が激しく火花を散らす、極なき時代の中で日本も対応を迫られる
 「日本には本物の外交戦略が要る。貿易や通貨など多様な場面で利害が衝突し、安全保障のあり方も変わる。黙っていてはだめだ。国益や判断基準を明確に主張していかねばならない。国家のトップが外交を主導し、それを支える強力な安全保障の評議会や専門シンクタンクも欠かせない」
 ――世界の求める日本の役割とは。
 「例えば危機に直面する欧州の財政問題。ここで日本の姿が見えない。強い欧州のために何が重要で、何ができるのか。欧州の将来に発言しなければならない。核拡散問題やアラブの民主化などもっと主張すべきだ」
 「日本は思慮深く、善意の国であり、長期的な関係を築くことを重視する。震災では持続性や安定性を世界に見せた。かたや世界は成長を追い求め、環境や食糧問題などひずみを生み、危うい次元に踏み込みつつある。日本が国際舞台で果たす役目はとても大きい
(聞き手は米州総局編集委員 藤田和明)
 世界の政治リスクを分析、助言する会社を設立。顧客は各国の政府系機関や企業。主導国が不在の「Gゼロ」時代を主張した。41歳。