石橋湛山:自立主義、対米自立、自主防衛(NK2012/4/29)


石橋湛山論 上田美和著
「自立主義」の独創性解き明かす 〈評〉明治大学特任教授 山内昌之

2012/4/29付
日本経済新聞 朝刊
933文字
 石橋湛山は日本の保守政治が誇る自由主義者の一人である。独創的な自立主義と経済合理主義を信じる独立自尊の評論家であり政治家でもあった。しかし、戦間期に唱えた「小日本主義」は、戦時の大東亜共栄圏における内地海外の分業論に見られる国策への協力と矛盾し、戦後の自立主義による憲法改正論は日中米ソ平和同盟の理想に反するのではないか。
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 こうした疑問に対して、著者は丹念な史料調査と聞き取りによって、小日本主義でなく自立主義こそ、大正デモクラシー期の論壇に始まり戦後に自民党総裁・首相として政界の頂点を極めるまで、石橋の一貫して不変の柱だったと解き明かす。見事な研究成果である。
 確かに小日本主義は、植民地や海外領土での既得権の放棄や、抑圧された民族の自立主義への配慮を核としていたが、彼が中国の自己統治能力を疑ったのは自立主義が自己責任を要請するという独特な論理からであった。民族自決には自立主義と自己責任が伴うとした石橋の主張は、「強い個人」のように「自立能力のある強い民族」を想定していた。
 敗戦後の石橋は、「自己によること」「自己決定」「自己責任」を思想の骨格としながら、「どこまでも米国をリーダーとして、共同して中共問題を解決したい」と、対米協調を対米自立と両立させる道筋を志向した。対米協調と自己責任が結びつくなら、石橋の外交安全保障論は当然にも自主防衛の立場に傾斜することになる。
 全面講和論の安倍能成に「将来日本に力が出来れば自分でやるべき義務がある」と述べたのは、政治リアリスト石橋の真骨頂であった。「絶対平和主義」や「平和の砦(とりで)」を信じる安倍に対して「理想はいい」とにべもないのだ。
 著者は、石橋の政治姿勢をリアリズムの観点からあまり分析していないが、戦中の「愛国的戦時抵抗」や戦後の非武装中立論の拒否は、評論家から政治家に至る石橋に一貫する自立と経済合理性を支えたリアリズムの発露でもあったのではないか。「評論を生かして現実化する」という石橋の信念は、政治リアリズムで検証されない理想を政治家が抱く虚(むな)しさへの厳しい批判ともなっている。
(吉川弘文館・3800円)
▼うえだ・みわ 73年生まれ。早稲田大大学院博士後期課程単位取得。専攻は日本史。
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